一ノ瀬さんが言う前に、唐沢浩一が言った。

「……?」

君とは、誰のことだろう。私は周りを見渡したが、遠くにスタイリストさんとメイクさんたちが遠巻きに様子を見ているだけで、他には誰もいない。

「君だよ、きみ」

唐沢浩一は、きょとんとしている私を指さした。一ノ瀬さんは困った顔をして、項垂れていた。

「えっっっっ!!」

「はっ!?」

想像以上に大きな声が出てしまい、慌てて口を押える。

私と同じく驚いたのは演出の室井さん。演出家も驚くのだから当たり前だ。

「今、君が後ろを向いて電話をしている時、とても背中の表情が良かった。これから撮る写真は背中だ、とてもいい」

「~~~~!!」

声にならない驚きとはこのことで、唐沢浩一の突拍子のない発言に、この場から離れようと後ずさりをする。

「唐沢さん、ダメですよ、彼女は素人で社員です。上司としても許可できません」

そう、そうよ、一ノ瀬さん、頑張って。一ノ瀬さんの後ろで、私はぶんぶんと首を縦に振る。

「唐沢さん、それは無理ってもんですよ」

室井さんも参戦してくれた。もう一押しだ。

「俺は今日を逃したら撮影は不可能だ。他ならぬ亮の頼みだから今回の仕事を受けたんだぞ。だが、肝心なモデルがいなけりゃ代役を立てるしかないだろうが。 これは俺にとっても納得がいかないことだが、自分で選んだ被写体がいないんだぞ? だったら、自分でまた見つけるしかないだろ。間違ってるか?」

「いや、それは…」

さすがの迫力に、一ノ瀬さんも太刀打ちできない。

押されている場合じゃない、いつもの一ノ瀬さんじゃない、頑張って断って欲しい。