「おう、どうした、どうした。なんかあったな、その感じは」

60を過ぎているというのに、日焼した肌に白い歯。体形を維持しているのか、半そでから覗く腕は筋肉で盛り上がっていた。シルバーヘアが素敵で、モテると見た目で分かる。

唐沢浩一のような一流のカメラマンともなると、アシスタントも多いのか、ぞろぞろとスタジオに入ってきた。

「唐沢さん、実は……」

一ノ瀬さんが唐沢さんに経緯を説明している。

私は、すぐ後ろでそれを聞いていた。どうしよう、私は何が出来るんだろう。

一ノ瀬さんの背中を見ながら、私なりに考えてみても何も浮かばない。

絵コンテで女性モデルは、ほぼ背中しか映らない。

パーツモデルでも良かったのではないかと、瑞穂と話していたのだが、唐沢浩一は、一ノ瀬さんを起用するのにパーツモデルではだめだと言ったらしい。

選考審査でもモデル達にはそれは伝えられていたが、唐沢浩一に撮ってもらえる、あわよくば違う作品に抜擢されるかもしれないという野心が、モデル達に了承させていたのだろう。

「スケジュールが無いのはわかってるんです。そこを何とかしてもらえませんか?」

「う~ん」

一ノ瀬さんが必死に説得している。唐沢浩一は腕を組んで唸るばかりだ。

話し合いが続く中、事務所の瑞穂から電話が入った。

「もしもし?」

『やっぱり無理みたい』

開口そうそうトーンを落とした声で瑞穂が言った。

『駅のホームで停車していれば、なんとか打つ手はあったかもしれないけど、駅から程遠い線路の上で停車していたらどうにもならないわよ』

「そんなこと一ノ瀬さんに言えないわよ」

『そんなこと言ったって、報告はしないと』

瑞穂の言う通りだ。なんとか報告をすると言って、電話を切る。

「お話し中すみません」

私は断りを入れ、一ノ瀬さんに報告をした。

「運転再開の目途は立っていないと、マネージャーから報告があったと連絡が」

「そうか……実は……」

一ノ瀬さんが今のトラブルより困った顔をしていた。

この件でさえ、予測不能なトラブルなのに、更にとなると、一ノ瀬さんだけじゃなく、この舞台が呪われているのではないかとすら思ってしまう。

「君にモデルをやってもらうことにする」