社用車はワンボックスカーで、後部は座席シートを倒して荷物を積んである。

「出発するか」

「はい」

一ノ瀬さんは大きなボストンバッグを肩から下げた。

「荷物大きいですね」

「まあ、色々と必要だからな」

自分がモデルを務めるのだ、身一つというわけにはいかないのだろう。

「じゃあ、川奈。後はよろしく頼むよ」

「いってらっしゃい」

「桜庭さん、一ノ瀬さん」

名前を呼ぶ声はしーちゃんだ。今日は、待機スタッフとしてバイトに急遽入ってもらった。

「しーちゃん」

「電話番は任せてください。それと、何かありましたらお電話ください、すぐに行きますから」

「よろしく頼むよ」

一ノ瀬さんが言った。

冷静な一ノ瀬さんも、緊張しているようだ。いつも以上に厳しい顔をしている。

「なんだか、雲行きが怪しいな」

会社の正面玄関を出て、空を見上げる。蒸し暑さは変わらないが、雲が多くなってきていた。

「雨雲レーダーのアプリを見たら、夕方に雷警報が出ていました。予報が外れてくれればいいんですけど」

午前中までは、倒れるほどの暑さだったが、午後は一転して、雲が多くなってきていた。

車の助手席に乗り、一ノ瀬さんは運転席に乗る。

本来はもう一人くらいスタッフが行くのだが、舞台稽古にスタッフが行っていて、二人だけになってしまった。

一ノ瀬さんは車に乗せた荷物を整理して、追加になった物を積む。

広い背中だ。哲也は背も高くなかったし、体格も良くなかった。

一ノ瀬さんの年になったら、もっと違っていたかもしれない。頼りがいのある背中が目に入って、つい手を伸ばして触りたくなってしまう。

いけない、哲也じゃないんだから、しっかりしないと。

少し荷物の整理をしていただけなのに、一ノ瀬さんの背中は汗が滲み、首筋には汗がつたっていた。