「一ノ瀬さん、忙しいさなか、ジムに行ったわよ、きっと」

「どうしてわかるの?」

「身体が絞られてる。いつもスタイルは良かったけど、顔の顎から首筋までのラインが男らしくなってる。絞った証拠よ」

瑞穂に言われて一ノ瀬さんを見ると、確かに精悍な顔つきになっている。

あれだけ一緒に仕事をしているのに、私は気が付かない。一ノ瀬さんの何を見てきたのだろう。

「瑞穂が気付いて、なんで私が分からないの? って、思っているでしょ」

どうして、そこまで人の心が読める? 瑞穂は読心術でも出来るのだろうか。

「私が特別なんじゃないわ。美緒が、感情に……喜怒哀楽じゃないわよ? 胸が熱くなる、その人のことを考えて眠れなくなる感情に蓋をしているから……だから分からないのよ。自分で、自分の心を凍らせちゃってる」

「……」

瑞穂は、何を言いたいの? 

「平常心で撮影を見届けられればいいけど?」

「大丈夫よ、仕事よ? それになんとも思ってないわ」

「そお?」

あまりにも鋭いことを言うので、ついむきになってしまった。大人げない。

「桜庭~いるか~」

デスクの方から一ノ瀬さんの私を呼ぶ声が聞こえる。すぐに立ち上がって返事をする。

「はい、出発しますか?」

「そこに居たのか、あと30分くらいしたら出ようと思う、よろしく」

「わかりました」

くるりと瑞穂に身体を向ける。

「今日の撮影を見て、自分の気持ちがどうなるのか、しっかりと感じてくる」

瑞穂は、泣きそうな、嬉しそうな、なんとも言えない顔をして頷いた。

瑞穂だけじゃない、渉や両親も、私のことを腫れ物に触るように接してきた。

それは、とても申し訳ないことだったが、自分ではどうしようも出来なかった。

感情と言うものは厄介で、自分でもコントロールが出来ない。

「しっかりと感じてくる」と言ったが、一ノ瀬さんへの返事は、決めている。

やっぱり私は、哲也を忘れられない。私には特別で誰にも代えられない人。

この先、恋愛をすることは無いと思うほど、哲也を好きだった。

哲也を奪った夏。

私は大嫌いだ。