「お婆ちゃんが近所の友達とお茶のみしてるみたいだな」
声のする方向をみると、一ノ瀬さんが腕組をして笑っていた。
ファイルの入った文書箱を前にして、しゃがんでおしゃべり。確かにそうだ。
「失礼な」
瑞穂が言った。
「隅っこでやってないで、デスクでやったらどうだ?」
「この部屋で荷物を広げられるのはここだけですよ」
スタッフそれぞれにデスクがあるが、山積みになった宣伝道具や台本で、向かいに座っている人と話をするときには、立ち上がらないといけない程だった。
置く場所もそれだけでは足らないのか、足元まで荷物が置いてある状態なのだ。
年末の大掃除では、毎年「何年前のこれ」というものが出てくる。
「一ノ瀬さん、しーちゃんはシフト増やせないんですか?」
瑞穂が聞く。
「しーは就活だろう? そっちを優先させてやりたい。それでも予定のシフトより多く入ってくれているんだ。ここのスケジュールを把握して、自分が必要だなと思う時は必ず入れてくれている。感謝しなくちゃな」
聞き間違いじゃなかった。やっぱり「しー」と言っていた。なんだろう、嫌な感じの鼓動を打っている。
「そっか、就活か。しーちゃんもいなくなっちゃうんだね、美緒」
「え? うん、残念」
「悪いが、がんばってくれ」
「あとでコーヒーを奢ってくださいよ?」
「川奈はちゃっかりしてるな」
告白されてから私は、一ノ瀬さんと気軽に話が出来なくなってしまった。意識しているなんて、自意識過剰すぎる。
「一ノ瀬さん、「しー」って言ってたね。いつからだろうね?」
「……」
胸がつかえると言うか、苦しいというか、表現できない。
瑞穂よりも私の方が一ノ瀬さんと仕事をすることが多かった。
しーちゃんはあくまでもアルバイトで私や瑞穂のアシスタントだと思っていた。
統括部長の一ノ瀬さんがしーちゃんと関わり合うことなど、本当になかったのだ。
いつ距離が縮まったのだろう。