「後は私が片づけて帰りますから、一ノ瀬さんはお先にあがってください」
「これを洗えばいいんだよな」
テーブルの上に残されたグラスや皿、カトラリーを指さした。
「一ノ瀬さん、本当にあがってください。明日も出勤ですし、ずっと休まれてませんよね。それに、上司がすることじゃありませんよ?」
「二人ですれば桜庭も早く帰れる」
「一ノ瀬さん!」
私の言うことには耳をかさずに、両手に食器を持って給湯室に向かう。私は、残った洗い物を持って一ノ瀬さんの後を追った。
給湯室に入ると、腕まくりをしてスポンジを持っていた。もう何を言っても聞かないだろう。
「すみません」
「謝ることないだろう? 誰がやったっていいんだから」
「……向こうを片づけてきます」
「よろしく」
しょうがないとため息を吐いて、濡れたふきんを持つ。テーブルの上を拭き、ごみの処理をする。
「早く帰って休んで欲しいのに……」
責任感の強い一ノ瀬さんのことだ、私一人を残すのを躊躇ったのだろう。
テーブルの上の片付けを終え給湯室にいる一ノ瀬さんを見ると、スポンジに洗剤をたっぷりつけて食器を洗っていて、シンクは泡だらけになっていた。
一ノ瀬さんのキッチンに立つ姿に、哲也を重ねてしまった。
哲也も泡一杯にして洗う人だった。今の洗剤は少しの分量で汚れは落ちると何度言っても治らなかった。ごしごしと力を込めて洗って、割った食器は何個あっただろう。
背の高さも、スタイルも、髪型も全部哲也と違うのに、一ノ瀬さんを見ていると、哲也と重なるところが多くて、最近の私は戸惑うことばかりだ。
「哲……」
いけない、一ノ瀬さんに向かって哲也の名前を呼ぶところだった。
目で見て一ノ瀬さんと認識しているのに、口から出た名前は哲也だなんて、なんて失礼な話だろうか。
「桜庭、もうないか?」
「え? あ、はい、洗いものはないです。泡一杯ですね」
「つけすぎか? いつもこうなんだけど、少しでいいのか?」
「そうですよ、今の洗剤は高機能ですから、少しの量でたくさん洗えるし、汚れも落ちます」
「そうか、これからはそうしよう」
ものすごい爽やかな笑顔で言った。なんて卑怯、なんてずるい。なんでも許してしまいそうになる。
哲也もそうだ、子供みたいに大口開けて笑って、なんでも許されると思っていた。
確かに許してしまっていたけど、「本当にずるい」と、いつも私は言った。
いま、その笑顔を見られるのは写真の中だけだ。
夢に出てくる哲也は、いつも寂しそうな、悲しそうな顔をしている。
笑顔で、夢の中で会いたいと願う私の言うことは、またしても聞いてはくれない。いつになったら、素直に聞いてくれるのだろう。
残った差し入れを一ノ瀬さんと分け、心地よい疲れとともに事務所をあとにした。
「これを洗えばいいんだよな」
テーブルの上に残されたグラスや皿、カトラリーを指さした。
「一ノ瀬さん、本当にあがってください。明日も出勤ですし、ずっと休まれてませんよね。それに、上司がすることじゃありませんよ?」
「二人ですれば桜庭も早く帰れる」
「一ノ瀬さん!」
私の言うことには耳をかさずに、両手に食器を持って給湯室に向かう。私は、残った洗い物を持って一ノ瀬さんの後を追った。
給湯室に入ると、腕まくりをしてスポンジを持っていた。もう何を言っても聞かないだろう。
「すみません」
「謝ることないだろう? 誰がやったっていいんだから」
「……向こうを片づけてきます」
「よろしく」
しょうがないとため息を吐いて、濡れたふきんを持つ。テーブルの上を拭き、ごみの処理をする。
「早く帰って休んで欲しいのに……」
責任感の強い一ノ瀬さんのことだ、私一人を残すのを躊躇ったのだろう。
テーブルの上の片付けを終え給湯室にいる一ノ瀬さんを見ると、スポンジに洗剤をたっぷりつけて食器を洗っていて、シンクは泡だらけになっていた。
一ノ瀬さんのキッチンに立つ姿に、哲也を重ねてしまった。
哲也も泡一杯にして洗う人だった。今の洗剤は少しの分量で汚れは落ちると何度言っても治らなかった。ごしごしと力を込めて洗って、割った食器は何個あっただろう。
背の高さも、スタイルも、髪型も全部哲也と違うのに、一ノ瀬さんを見ていると、哲也と重なるところが多くて、最近の私は戸惑うことばかりだ。
「哲……」
いけない、一ノ瀬さんに向かって哲也の名前を呼ぶところだった。
目で見て一ノ瀬さんと認識しているのに、口から出た名前は哲也だなんて、なんて失礼な話だろうか。
「桜庭、もうないか?」
「え? あ、はい、洗いものはないです。泡一杯ですね」
「つけすぎか? いつもこうなんだけど、少しでいいのか?」
「そうですよ、今の洗剤は高機能ですから、少しの量でたくさん洗えるし、汚れも落ちます」
「そうか、これからはそうしよう」
ものすごい爽やかな笑顔で言った。なんて卑怯、なんてずるい。なんでも許してしまいそうになる。
哲也もそうだ、子供みたいに大口開けて笑って、なんでも許されると思っていた。
確かに許してしまっていたけど、「本当にずるい」と、いつも私は言った。
いま、その笑顔を見られるのは写真の中だけだ。
夢に出てくる哲也は、いつも寂しそうな、悲しそうな顔をしている。
笑顔で、夢の中で会いたいと願う私の言うことは、またしても聞いてはくれない。いつになったら、素直に聞いてくれるのだろう。
残った差し入れを一ノ瀬さんと分け、心地よい疲れとともに事務所をあとにした。