「桜庭、悪いが、お茶を二つ応接室に持って来てくれないか?」

「分かりました」

マネージャーと入って行ったと言うことは、これから清香について何か話し合われるのだろう。次から次へと一ノ瀬さんも大変だ。

「やっぱり一ノ瀬さん、モデルだったのは本当なのね。それにあの説得力。一ノ瀬さんに魅力を感じたことがないけど、さすがに素敵に見えるわ」

騒動を見物していた瑞穂は、お茶を淹れている私のところに来た。

「渉以外は、どうでもいいのね」

「見てみたいと思わない? 一ノ瀬さんのコンポジ」

「見たみたい」

「美緒が頼んだら見せてくれるわよ、一ノ瀬さんは」

「なんでよ」

「なんでも」

この間から含みのある言い方で、何だろう。瑞穂の考えていることはよくわからない。

「……昨日は眠れなかったの?」

「え……?」

急に心配顔になって瑞穂が聞いて来た。

「目が少し赤いみたい」

「暑くて眠れなかったの。動画でも観て眠くなったら寝ようとしたんだけど、よりにもよって、悲しい映画を見ちゃって」

「そう、それならいいけど」

哲也の七回忌が終わって家に帰ると、今さらながらに哲也の死を叩きつけられた気がして、眠れなかった。

確かに気を逸らそうと、映画を観たことは本当だけど、内容は全く入らなかった。

視線の先には、哲也の写真があって、映画よりも哲也を見てしまう回数の方が多かった。

その夜、私はまた夢を見た。哲也は悲しそうな顔をしていた。

いつもは笑っているのに、なぜか悲しそうで、私は抱きしめたくなった。手を伸ばしても哲也を抱きしめることが出来なくて、私は泣きじゃくった。

「はっ……うそ……」

うなされた感じで起きると、私は手を天井に向かって伸ばして、泣いていた。

それから眠れなくて、やっぱり今日もモーニングを食べに行っていた。瑞穂は見抜いたのだろうか。

夢のことまで分からないにしても、何か感じ取ったに違いない。

何だか重い空気になってしまったので、私は、話題を変えた。

「あ、そうだ。制作発表にヘルプしないんだから、前日準備はちゃんと手伝ってよ?」

「わかってるって」

「こんどあいつに土日のデートを禁止してやるんだから」

「やめてよね。いくら姉でもそれはやりすぎよ」

「あいつは私の言うことは何でも聞くのよ、子供のころから」

むくれる瑞穂を置いて、お茶を応接室に持って行く。

「ああ、悪いな」

「いいえ」

中はあんまりいい空気じゃない。マネージャーの様子からして、怒られているはずだ。

「失礼します」

「ありがとう」

静にドアを閉めて、ふうっと息を吐く。

なんだか、怠い。夜中に目が覚めて眠れていないのは、この暑さの中では辛い。

体調を崩さないようにしないといけない。

「今日はスタミナ定食にしようかな」

食欲があれば大丈夫だろう。