「お前が好きになる理由が分かる気がするぞ」

桜庭の背中を見る俺に、唐沢さんが言った。

「別にそんなんじゃないですよ」

「まだ、とぼける気か? まあいい、俺が証明してやる。当たったら一本撮らせろ」

「まだ、そんなことを言ってるんですか?」

はははっと大声で笑い、アシスタントに指示を出す。

唐沢さんが好きになった理由が分かると言ったが、俺が桜庭を好きになった理由はなんだったのだろうか。

儚げな、守ってやりたい雰囲気。それだけじゃない。改めて考えても分からない。

好きになるのに理由はいらない。ありきたりな言葉で片づけたくないが、まさにそんな感じだろう。

この年になるまで、恋愛をしてこなかったなど、口が避けても言わないが、胸が苦しくなるほど相手を求める恋愛をしてきたかと言われれば、あっさりとしていたとしか言えない。

「好きだから、付き合って欲しい」と言われれば受け、「別れたい」と言われれば素直に別れた。

事務所内で噂されている、「女に困ったことがない」「女は手当たり次第」という噂は、こういう所からきているのかもしれない。

だが、それはモデル時代の話で、会社員となってからの俺は、彼女もいない生活を送っていた。

取り分け寂しい訳じゃなかったが、温もりがない毎日だったことは確かだ。

今、桜庭が何と戦っているのか、一人にさせてしまっていることが心苦しい。

「お待たせしました」

少し泣いていたのだろうか、それともこれからの撮影を思い恐怖心が出てきたのだろうか。

初めてみる彼女の不安そうな顔。真っ先に駆け寄り、声をかけた。

「ありがとう」