「彼女だ」

「は?」

唐沢さんが何か言い出したが、意味が分からず、聞き返す。

「彼女にモデルをやってもらおう」

「唐沢さん! 彼女は素人でうちの社員ですよ。ド素人にこのモデルは無理ですって!」

必死に訴える。当たり前だ。

「何かもの悲しい彼女の背中がいい。撮影の延期もなし、モデルの変更でいく、決めた」

「ちょ、ちょっと待ってください。上司として許可できませんよ」

さすがにそれは許可できない。しかし、唐沢さんは言い出したら聞かない人だ。

「———亮……お前、彼女が好きだろう」

「え……?」

「俺の目はごまかせないぞ、今、否定したところで、レンズを覗いたらすぐに分かる。今のうちに降伏しろ」

「いくら千里眼の唐沢さんとは言っても、それは違います。可愛い部下なだけですよ」

「強がりを言うな。とにかく、彼女でいく」

「唐沢さん!」

決定だ。俺は、桜庭を相手に撮影に挑むことになってしまった。第一に彼女を説得出来るか自信がない。

電話を終えた彼女が、振り向いて近づいてくる。その表情は暗かった。

「運転再開の目途はたっていないようで、マネージャーから報告があったと連絡が」

運転を再開して欲しかったのか、して欲しくなかったのか、唐沢さんの言うとおり、俺の気持ちは複雑だ。だが、桜庭の気持ちを一番に考えれば、再開して欲しかった。

「君にモデルをやってもらうことにする」

俺が言う前に、唐沢さんが桜庭に言ってしまった。俺がもごもごとしているために、痺れを切らしたのだろう。

「……?」

「君だよ、きみ」

きょとんとした顔で、状況を把握出来ていない様子の桜庭は、首を傾げるだけで、反応がない。

だが、唐沢さんの一言でやっと分かったのか、スタジオに響くくらいの声で驚いた。と、同時に、室井さんもびっくりしていた。