「一ノ瀬さんがモデルなんて、目の保養」

「我が社の伝説」

「ものすごく楽しみ」

スタジオ入りして来た、スタイリスト、メイクの一行に囲まれ、からかわれていた矢先、桜庭のスマホに連絡が入る。

彼女を見ていると、険しい表情で俺を見た。何かトラブルだな。とことんついていない。

桜庭からスマホを渡されると、川奈が報告した。

「一ノ瀬だ、詳しく」

『マネージャーからの連絡によると、緊急停止をしたまま、詳しい状況説明もないようです』

「分かった、撮影まで時間がある。様子を見よう。新しい情報が入ったら、連絡してくれ」

『分かりました』

電話を切り、桜庭にスマホを返すと、自分のスマホで状況を調べる。

「これは無理だな」

ドラマじゃあるまいし、開始時間に滑り込みで到着できるような状態ではない。

「なんでこううまく行かないの?」

対応策を提案してくれた桜庭だったが、どれも却下だ。それに対して、珍しく桜庭が苛立っていた。

頭を抱えていると、演出家の室井さんがスタジオ入りして、事の状況を説明する。

「唐沢さんの指示待ちだな」

やっぱりそうか。

そもそも、無理にスケジュールをこじ開けて入ってもらったことに、無理があったのだ。

全て俺の判断ミスだ。

だが、この舞台の構想を練っている段階から、唐沢浩一に撮ってもらいたいんだと、強く思っていたから仕方がない。

「おう、どうした、どうした。なんかあったな、その感じは」

待っていた唐沢さんがスタジオ入りした。

「おはようございます、今日はよろしくお願いします。といいたい所なんですが、実はトラブルが発声しまして、モデルが到着出来そうにないんです」

説得を試みるが、やっぱり無理そうだ。

「意地悪くて言っているんじゃない、このあと海外に行かなくてはならない。お前の仕事を受けたときは、俺の休暇中だからいいだろうと思ったんだ。一年も前からのオファーにキャンセルは出来ないだろう」

「それはそうです」

話し合いの途中で、桜庭に電話が入った。

賢明に対処しようとしてくれている彼女の背中に、俺は不謹慎にも抱きしめてやりたくなってしまった。