数週間に渡って鍛えた成果を見せるときがきた。

撮影日だ。

「川奈、お前がスタジオ付きになれ」

桜庭を前にして、俺は仕事を出来る自信がない。

何より、桜庭の前で他の女を抱きたくない。たとえそれが仕事であっても。

弱音をはきたくないが、今日は統括部長ではなく、モデルの一ノ瀬亮のわがままとしてお願いしてみる。

「イヤですよ。外に出たら一人で大変じゃないですか。ここなら電話番で済みますけど、スタジオは緊張するから苦手です」

「それを言うな、分かった、おごる、おごってやる」

「いやです」

きっぱりと断られた。
川奈にぽそりと「小心者」と言われ、上司としての威厳も保つことが出来なければ、男として頼りがいがあるとも思われないと言う、散々な結果になった。

「なんだか、雲行きが怪しいな」

撮影に向かうために会社をでると、外はどんよりとした雲が広がっていた。

桜庭と車に荷物を積み、出発をしようとしていると、桜庭がハンカチで俺の汗を拭いた。

相変わらずの儚げな表情。

だが少しだけ、俺を見る目が違っていると感じるのは、自惚れだろうか。

桜庭と視線が合うと、彼女は俺の視線を逸らさずに、

「暑いから……」

と言った。

スタジオは、事務所とそう離れてはいない。20分も走ればスタジオに着く。

このまま桜庭を乗せて、逃避行したいと思うほど、撮影は気が重かった。

スタジオに着き、準備を始めると、

「準備をしますから、一ノ瀬さんは控え室に入られてください。今日は、統括部長じゃなくて、モデルさんですから」

突き放されたような気分になった。

桜庭は当たり前のことを言っただけなのに、被害妄想もいいところだ。