「一ノ瀬さん」

声を掛けてきたのは、桜庭美緒だ。

「今度の制作発表ですが、瑞穂は用事があるようで、休日出勤は出来ないそうです」

「そうか、無理は言えないからな。いつも桜庭には休日出勤してもらって悪いと思ってる」

「いいえ、忙しいのに有休をいただいていますから、私に出来ることはさせていただきます」

彼女は、毎月決まって有休をとる。

それは特段変わったことではない。社員として与えられている権利なのだから、責めることでもない。

亡くなっても尚、桜庭を引きつけ離さない彼に、少なからず嫉妬する。

彼は、まさに強敵だ。

川奈の断る理由は分かっている。俺と桜庭を出来るだけ一緒にすることだ。

仕事としてとらえれば、二人だけでの準備は大変だ。

だが、個人としての感情を聞かれれば、川奈の欠勤は歓迎するものだ。

統括部長として、どちらを喜べばいいか判断に迷う。

「私も休日出勤はしますよ? でも私が一緒だと、一ノ瀬さんが楽しくないじゃないですか。お邪魔になりたくないから断るんです。私だって断るのは辛いんですよ。一ノ瀬さんの為です」

なんという丸め込みようだ。休日出勤は義務ではなく、あくまでもお願いの域の為に、これ以上言うことはやめた。

連日続くトラブルに、休みが取れず、睡眠不足に陥っている。

慢性的な睡眠不足は、判断能力も低下していく。

「悪いが、仮眠室にいる。何かあったら連絡してくれ」

近くにいたスタッフに言った。

もう限界だ、少し眠ろう。ちらりと桜庭を見ると、忙しそうに川奈と打ち合わせをしていた。

ふと、傍にいてくれたらと、思ってしまった。

仮眠室のベッドに横になるやいなや、あっという間に意識が遠のいた。