「そうしたら突然、
まだ封が開いていないポケットティッシュを渡してくれた子がいて……」
やっぱり。
今、思い出した。
「それが君、麻倉希空さん」
あのとき、手洗い場で傷口を洗い流していた男の子は。
青野くんだったんだ。
「君が『よかったら、これ使ってください』って言ってくれたんだ」
うん、確かに昨年の体育祭のときに。
手洗い場で傷口を洗い流していた男の子がいて。
まだ封を開けていないポケットティッシュを渡した。
「俺は、そのとき『そんなの悪いから』と言ったんだけど、
君は『気にしないで使ってください』と言って
俺にポケットティッシュを渡して、そのまま去って行ったんだ」
確かにそうだった。
私は青野くんにポケットティッシュを渡してすぐに立ち去った。
人に話しかけることが苦手。
あのときは、あれが精一杯だった。
それでもポケットティッシュを青野くんに渡したのは。
放っておけなかったから。
肘も膝も怪我をして大変そうだった。
だから勇気を振り絞って青野くんにポケットティッシュを渡した。
確かにポケットティッシュだけでは、どうにもならないことはわかっていたけれど、濡れた傷口を少しでも拭いた方がいいと思ったから。
「そのとき俺、君にお礼を言いそびれちゃって。
体育祭が終わってからも君のことは時々見かけてたんだけど、
なかなかお礼を言うことができなくて」
青野くん……。
ずっと気にしていたんだ。
「そんなこと気にしなくてもよかったのに」
「ダメだよ。あんなに親切にしてもらったんだから、
せめてお礼くらいは言わないと。
あのときは本当にありがとう。すごく助かったよ」
すごく助かった……。
その言葉が、とても嬉しかった。