「……これは預かるから、明日、家まで取りに来て」
吸い寄せられたみたいに仁科の顔が近づいてきた、かと思えば唇が重なる。
夢かと思うくらい一瞬のできごとで、今触れたのが仁科の唇だという確信が持てなかった。
でも、たぶん……キス、されたんだと思う
「なに、やってんの。酔ったにしてはダメじゃない?」
「呪いを解こうかと思って。これ、預かるからな」
麦わら帽子をひらひらさせる仁科。取りに行けば、それがあたしの答えだということか。
明日までの猶予をくれようとするあたりが、仁科のだめなところだよ。
呪いを解こうとしたからには、最後まで責任をとってもらわないと困る。
あたしは、明日なんて待ってられない。もう何年もずっと、ひっくり返せるときを夢見ていたんだから。
なんて、呪いに縋るだけで何もしてこなかったけどね。そろそろ、あたしも呪いを解く努力をしないといけないのかもしれない。
「中途半端に置いてかないで。今日このまま持って行って」
少し背伸びをして、今度は自分から口づける。
きょとんとしたかと思えば、仁科は恥ずかしそうに後ずさった。今のがファーストキスなの、ってツッコミ入れたくなるくらいの反応。
仁科からしてきたときと大違いだ。
不意打ちでされるのに弱いらしい。初めて知った。
「多少は酔ってるから、明日来て。ちゃんと、酔ってねぇときに。だから、今日は帰ろう。そんで、明日からは、俺のことまた名前で呼んでよ」
器用じゃないね、あたしも、仁科も。
「……わかった。明日、仁科の家まで行くね。1限サボっていくから起きててよ」
「ぜ、善処します」
あたりが暗くてもわかりやすいほど照れた仁科を笑って「またね」と告げた。
明日、麦わら帽子を返してもらいに行こう。
それから、仁科のことを昔みたいに新って呼んで、昔とは違う、ふたりになろう。
幼なじみの呪いから解けるまで、あと少し。
夢見た明日は、もうすぐそこまで来ている。
──END.