「酔った?」

「……うん。酔った、かも。ちょっと休んでるから食べてて」

「わかった」


半個室とはいえ、ざわついた店内に静けさはない。前後の話し声がうるさいくらいで、それがかえってありがたかった。

黙っていても、しんとして気まずいことがない。


店員さんが来たときだけは起き上がって、注文したものを受け取った。


久しぶりに仁科に近づいてきた女子を見たせいか、胸がざわつく。いまだ慣れない、この感覚。

仁科がそういうのはやめろと言ったあの日から、あたしは幼なじみという呪いに縋る他ないのだ。


「仁科、」

「水もらう?」

「うん。お願い」

「わかった。頼んどく」


大丈夫か。気遣ってくれる仁科に「ごめん」と謝る。

顔は見れず、伏せたまま。


「今日暑かったもんな。最初はジュースにしときゃ良かったな。俺も水飲むわ」

「ありがとう、仁科」

「……若葉が仁科って呼ぶようになったの、いつからだっけ?」


今さらなことを訊かれて、驚いた。名前で呼んでいたのをあえて仁科と呼ぶようにして、距離感を意識してもらおうと失敗した。

名字で呼ぼうと、仁科は全然変わらなくて。周りが勝手に破局だって騒いだだけで終わったんだ。


「高校2年の秋とか、そのあたりからだよ。仁科、呼び方変えても普通だったよね」

「ああ、そうだったか。まあ、周りから色々言われてた時期だしな。若葉がそう呼ぶなら、それでいいと思った」

「仁科は相変わらず若葉だけどね。おかげで、あたしが振ったとか言われたりしたなあ」


実際は、あたしが振られたようなものだ。


「そんなこともあったな。なあ、若葉は呪い、解きてぇって思うの?」


呪い。さっきの呟きのようなあれが聞こえていたらしい。あたしの表現を使って、仁科が言う。

解いたらどうなるんだろう。

その先を夢見ても、いいのかな。それとも、その先は夢の終わり?

オトナになったんだから、解いてみるのもありかもしれない。

終わったら終わったで、次の恋を探してみようかな。あたしだけが囚われて、仁科がさっさと結婚でもしたら次にもいけなくなる。


「……解いてみてよ、(あらた)

「ここで呼ぶのかよ」


顔を上げると仁科は、眉を下げて笑っていた。