「じゃあ、バッグは?ロッカールーム?」
「いいえ、ロッカールームは今は使ってないので自席にあります」
一条さんの秘書になったから嫌がらせが怖くてロッカールームが使えないなんて言えない。
パソコンの電源を落としてバッグを持つと、杏樹さんはスマホを出してどこかに電話をかけていた。
「車を表に待たせてあるの。行くわよ」
杏樹さんが素早く携帯をしまって私の手を引く。
高いヒールの靴を履いているにも関わらず、彼女は歩くのが早い。
私は小走りで杏樹さんについて行く。
「行くってどこにですか?」  
杏樹さんのペースに付いていけない。
彼女は一条さんがいないのを承知で来たんじゃないだろうか。
だとしたら何のために?
「ロシア大使館に決まってるでしょう?アシスタントをやるならいろいろ経験を積まないといけないわよ」
杏樹さんの言葉に立ち止まる。
何を言い出すんだ、この人は。
行ける訳がない。