ソファにもたれ、無意識にさっきまであいつが座っていたところを眺めている。





どのくらいだろうか。
何を考える訳でもなく、ただぼうっとして一点を見つめていると、元気な話し声が聞こえてきた。



それは外からで、窓を開けてみて見るとより鮮明に声が聞こえてきた。



「だからっ!俺の方が好きだし!」

「はあ?俺の方がずっと前から好きなんだよ!」

「長さなんて関係ない!!愛は密度だ!!」



何を言い合っているんだと覗き込む。


少し前に見た、落ち込んだ背中は並んでなく、元気に言い合う2つの背中と、その隣で頬に手を当てながらそっぽを向く綺麗な髪のあいつ



近くにあった椅子を持って窓の側に置き、2人の、律と樹の会話を聞く。







「きぃさんはな、俺の女神なんだよ。」


「俺の天使だ!!俺を助けてくれたんだ!!」


「優しくて、優しすぎる。」


「俺の怪我を手当てしてくれた時も優しかったぞ。前髪を分けてた姿も可愛かった!!」


「は!?なんだそれ!」


「いいだろ。あの時間は俺だけあの伊織さんを独り占めだった。」


「〜〜くそ!!俺だってな、寝てるきぃさんを眺めたことあるし!」


「寝顔だと!?写真ないのかよ!」


「撮るなんてことするかよ!!俺の記憶には鮮明にあるけどな!」



怒涛のように繰り返す会話

恥ずかしそうにそっぽを向いてた伊織に同情する。



「…俺も、寝顔見たけどな。」


手を掴まれ、至近距離で。


思えば、あの時かもしれない。

グッと心を掴まれたのは。




聞こえる律と樹の会話を聞きながら、思うのは伊織のことばかり。


今日、初めて戦っている姿を見た時、何故か伊織だと思った。










顔もよく見えないのに。



「直感で思ったんだよな…。」


ふっ、俺もあいつらと変わんないってことだ。
窓枠に手を置き、3人を眺める。


「俺は、きぃさんの綺麗な心を守りたいんだ。」


「俺だって、伊織さんを守りたい!優しい伊織さんを!」





「……俺は、甘えさせてやりたい。」


1人で戦ってきた小さな体を包み込んで、よく頑張ったと撫でてやりたい。

あいつが望むことを俺が叶えてやりたい。



『あの子は昔からしっかりし過ぎてる…なかなか甘えられないんだ。』

『君にも伊織自身を見せれるようになるといいんだけど…』



藤咲さんの言葉を思い出す。


「………伊織、」


好きだ。



























結局、トラ主催のパーティーに出ることなく、しーと律と3人で外にずっといた。


私はパーティーに参加するつもりはないことが分かっていたのか、2人も参加しないで外にいた。


暗くなり始めても、みんなが出てくる気配がなかったため、しーのバイクに乗せてもらって帰った。



あの時、律が教えてくれたことがあった。

『華織さんが紅蓮の姫をお辞めになったんです。』



理由は聞かされていないらしく、数日前に湊から報告があったそう。




……あんなことがあったんだ。辞めたいと思っても不思議じゃない。




ベッドの中でぼうっと天井を眺めながら、そんなことを考える。


もともと華織が族と関わりを持つことが驚きだったんだ。







コンコン



小さなノックが聞こえる。
もう食事の時間だろうか。



ゴロゴロしすぎたなと思い、いつも美味しそうな食事を運んでくれる横山さんを迎え入れる。





「おはようございます。いつも、ありが…」


「おはよう。伊織」




そこにはいつもようにお盆を持った横山さんと、その陰から顔を覗かせる華織がいた。



「華織様もこちらでお食事をされたいようです。…構いませんか?」


ここで?

「別に…、大丈夫だけど。……。」

「本当?ありがとう!入ってみたかったんだ!」





パタパタと部屋に入り、ぐるっと見て回る華織

「……どうしたんですか?一緒に食事なんて…。」


「さぁ、私には。……ですが、以前より雰囲気が変わっていらっしゃいます。心境の変化があったのでは?」






心境の変化…。

『華織さんが紅蓮の姫をお辞めになったんです。』




でも、目の前でこの部屋を散策する華織に暗い感じはしない。


むしろ真逆で、つきものが取れたみたいな感じ。






「では、失礼いたします。」



テーブルに食事を並べ、サッと帰って行った横山さん



「華織、ご飯食べよう?」









華織と向かい合っているが、どこを見ていいか分からず、落ち着かない。


一方で華織は「美味しい!」とか呟きながら食べ進めている。




バターの効いた大好きなクロワッサンを口に運びながら、聞いてみようかと思い至る。



「…あ、あのさ華織」


「ん?…あっ!伊織!!フルーツがたくさんあるよ!」










たまに見る華織の食事姿とはあまりに違う。

目の前に座る華織は、口いっぱいに詰め込み、手にするフォークはどれにしようか、うろうろしていた。




お母様はマナーに厳しかったため、華織は優雅に食べている印象だったが、今は年相応の食べることが大好きな女の子といった感じだ。










「ごめんね、伊織」



そう言った華織はフォークを震えるほど握りしめていた。



「…私が紅蓮に入ったこと、びっくりした?」


悲しそうに笑う華織
何でそんな顔しているの…。




「もちろん、驚いた。どういう経緯なのか知らないけど、…華織が楽しそうだったから。……楽しいなら大丈夫かなって。」




「うん、楽しかった。……でもね、きっかけは、伊織なの。」








「えっ、私?」



「うん。…ある日の夜中にね、伊織がバイクに乗って、男の子と帰ってきたのをたまたま見たんだ。」




「『彼氏かな?彼氏だよねきっと。』……そう思ったら、悔しくなっちゃって……。」




「決めたの。伊織より良い男の子と付き合うって。その時浮かんだのが、学校で騒がれてた紅蓮なの。みんなイケメンだし、彼女になって、紅蓮の姫にもなれたら伊織に勝てるって。」




そこまで言い切ると、ふっと自嘲するように笑った。





「でも、気づいたの。私、子供だって。……伊織に劣等感を抱くことすらおこがましいって。」




「伊織が羨ましかった…。頭が良いねって小さい頃から褒められて、必要とされて。」



「……私が長女なのに、会社は長女の私が継ぐのに何で。って、……知ってたのにね。伊織が努力してたこと。」











「いつも難しそうな本読んでた。顔をしかめて理解しようと必死だった。」



「……何でそんな疲れることしてるんだろう。私が後継者だよ?お母様が言ってたよ?って、思ってた。」







俯き気味で話す華織

華織はきっと、後継者というプレッシャーが幼い頃からついて回ったんだ。



お母様は特に華織を後継者として恥ずかしくないように、マナーを厳しく教えてた。
対して私は、どこかに嫁ぐ身であると、思われていたのだろう。

華織ほど厳しくはなかった。





「でも、伊織あの時から変わった。笑わなくなった。頭が良いの隠すようになった。……可愛い顔も隠すようになった。」