準備万端整え、通学鞄を抱き締め、できるだけ身を低くする。

 人の壁に隠れるようにして、音を立てずに素早く教室を出た。

 そっと後ろを振り返ってみると、他の男子が出てくるが、アイツの姿はない。

 うん。よ~し、このまま一気だ!

 昇降口まで、日本最速くらいの勢いで早歩きをした。今日はやたらと遠く感じたよ。昇降口がこんなに素敵な場所に思えたのは初めてだ。

 いそいそと下駄箱を開けて、靴に手をかけた。

 どうかどうか、下駄箱様。明日は、日常に戻ってますように!

 今の変な状態が変わってくれるんなら、この際、何にだって願ってやる。と、祈って閉じていた目を開けた瞬間、耳の横で。

 バンっと、何かがぶつかったような音がした。

「ぎゃっ!」

 今願ったばかりの下駄箱様が、ぐらぐら揺れている。ということは、誰かが下駄箱様を叩いた?

「おい、この俺が、気付かねぇと思ったか? アカリ」

 頭の上からドスの利いた声が降ってきた。ごくりと唾をのみ、ギギギと軋む音がしそうなほどにぎこちなく振り返ると、凄味を利かせた目がギラッと光り、迫っていた。

「あぁああ、ああああアクマ天使!」

「ちっ、ったく。何回言えば分かるんだ。て・ん・し・さ・ま・だ。言ってみろ」

「いやだ、絶対言わない」

「ふん、いつか言わせてやる」