「遅い!」

入室するなり浴びせられた大声に、トウカとシオリは思わず固くなった。
「シオリ。伝令役をお前に任せたのは何のためだと思ってる!」

太い声が薄暗い、精密機器の並ぶ部屋にこだました。

部屋の中を見渡すと、トウカたちの見慣れた面々が静かな表情で立っていた。
大声の主は、トウカとシオリの所属する第1部隊の隊長・セキグチだ。
服毒者に立ち向かう者たちをまとめる人間らしく、熊と虎を足して割ったような外見で、声は深く低く、そしてシンプルにでかい。

細身で軽い動きが得意なシオリとは対極にある雰囲気の持ち主だ。

“解毒者”では呼び名を各自で決めるため、呼び方は様々だ。
トウカやシオリのように、個人の名前をそのまま呼び名にするものもあれば、セキグチのように、苗字であろう名を呼ばれるのを好む者もいる。

一見自由な制度であるかのようだが、この世界は名前という個人情報を完全に明かすことを躊躇するほど荒れてしまっているのだ。

「申し訳ありません。探すのに手間取りました」

そんな風には見えなかったけどな、とトウカは内心つぶやいた。

「まあいい。今から南地区の討伐に向かう。装備はいつも通りだが、最近は六花の干渉が増加している。前年度からシオリとトウカの参戦で、我々は以前よりはるかに服毒者の討伐に成功しているが、六花の出現にはどうにも太刀打ちできん。奴らは強すぎるからな。もしそのうちの誰かと遭遇したら真っ先に逃げろ、分かったか。決して一人で交戦しようなどと馬鹿なことは考えるなよ。分かってるとは思うが、自分の思いはなるべく消せ。以上だ!質問は!」

はい、と手を挙げたのは副長サツキだ。

「なんだサツキ!文句か!」

自分から聞いておいて、と知的な雰囲気のサツキは眼鏡を人差し指で押し上げた。

「隊長、移動手段ですが、そろそろ自動車を使ってはいかがですか?自動車産業も国内だけで頑張ってることですし、馬はそろそろ難しいかと。トウカとシオリも運転技術を教えるには天候も好都合なのでは?」

サツキの意見に、シオリは目を輝かせた。