「もう、トウカちゃん!やめてよね!週に3回の座学だからって、先生に怒られるようなこと言って!」

教授が立ち去るなり、ルリがトウカに叫んだ。

「ごめん」

それだけ返事をすると、ルリは大きくため息をついた。

「トウカちゃんは確かに頭もよくて、戦闘で何人も服毒者を捕獲してるよ!でもむこうみずだってうちの教官も言ってるんだから」

「…ルリの部隊でも、私のこと話すの?」

“解毒者”には二つの部隊によって構成されている。

トウカの所属する戦闘がメインの“解毒剤”、「Special Antidote Force (特殊解毒部隊)」である。頭文字からサーフと呼ばれることもある部隊だ。

一方、ルリが所属するのは毒や服毒者の研究や“解毒剤”の武器の開発、病院や隔離病棟すべてを管理する“浄化剤”、「Filtration Force(浄化部隊)」である。通称はフィルトレ及びダブルエフ。知能の高い者が所属する部隊だ。

あまり交わることのない部隊だが、トウカの噂はばっちり届いていたらしい。

「だからそうだってば。トウカちゃん、冷たいって言われてたからそこは訂正しておいたけど」
「ありがとう」
「絶対に思ってない!」

にぎやかなルリは自分とは全く違って面白く、トウカは思わず笑みをこぼした。

「笑ってる!どうして!?」

むすっとした顔も小動物のようでかわいいと、トウカはルリのその顔を気に入っている。

「騒がしいなあ、お前ら」

教室を出て廊下を歩いていると、男の声が後ろから聞こえてくる。

「シオリ。後ろから声をかけるのはやめてって、前にも言った」

振り返りながら落ち着いた声で言うと、声の主は、ははっと笑って角から姿を見せた。

「怖いなあ、トウカ様は。後ろを見ないで居場所も分かるのか」
「え、シオリ君!いつから?」

ルリが驚いた声で尋ねる。

「少し前だよ。全く、ルリちゃんは可愛げあるのになあ。そのルームメイトときたら」
「余計なお世話よ、ルリに近づかないで」
「君の友達は恐ろしいね、ルリちゃん。怖くない?」
「トウカちゃんは優しいよ。美人だし、強いし」
「そうかそうか、君は優しいねえ」

話が通じないことにルリが困惑の表情を浮かべる。
その顔を見て、トウカは表情を小動もさせずに口を開いた。

「シオリ、いったい何がしたいの?私と喧嘩をするつもり?一度も勝ったことないじゃない」
「お前ね、人にそういうこと言うの俺はよくないと思うよ」
「あら、そう」

にこにことシオリは笑う。楽しんでいるかのようだ。

「何を考えているのかさっぱり分からない。もう行くわ」
トウカが歩き出すと、ルリも歩き出す。
あ、うそうそ、とシオリが慌てて後ろからまた叫んだ。

「招集かかってるんだ、俺たちの班」

ルリが驚きの声を上げる。早くいかなくちゃ!とあわあわとステップを踏んだ。

「分かったわ。ルリ、ごめんなさい。寮までは一人で帰れる?」
「え、うん…」

友人の落ち着きぶりにまたしても驚きながら、返事をする。
トウカはルリを見て少しだけ困ったような顔をすると、タイミングよく戻ってきた教授に目をとめた。

「先生」

「おや、トウカ君にルリ君、シオリ君じゃないか。あれ、“解毒剤”には招集がかかっているのではないのかね?」
「はい、そうなのですけど。ルリが寮まで一人で行くのは心配なので先生、彼女を送ってくださいませんか?」

ルリとシオリは突拍子もない申し出にぎょっとしたようだったが、教授は笑って頷いた。

「その役、喜んで引き受けよう。全く人使いが荒いものだね」

ありがとうございます、と頭を下げ走り出す。

「え、ちょ、待てよトウカ!!」

慌てたシオリの声が廊下に響いた。