「今日はこのまま帰ろう。夕食は出前でも取るか?」

「え、何で?」

予定ではこの後警察に行って被害届を出す事になっている。
出来れば、その後も不動産屋を何件か回ろうと思っていたのに。

「疲れただろ?」

「私は・・・平気」

「嘘つけ。顔色悪いぞ。唇も紫になってる」

うわ、鋭い。
医療関係者でもないのにチアノーゼを見抜くなんて。
でも、

「大丈夫だから。このまま行きましょう」

私はどうしてもアパートを決めたい。
今日を逃せばまたいつ休めるかわからないから、少々無理をしてでも契約まではしておきたい。


「ダメだ。帰るぞ」

徹さんの中では決定事項らしく、キッパリと宣言されてしまった。

でもなあ・・・

「どうしてもダメ?」
ちょっとかわいく言ってみる。

「ダメ」

はあー。
お兄ちゃんなら効果あるんだけれど、さすがに徹さんには無駄かあ。

それじゃあ、

「止めて」
「へ?」

ちょうど信号で止り、ブレーキを踏んだ徹さんが私を見る。

「1人で行くから、近くで降ろして」

こうやって1日徹さんを連れ回しただけでも申し訳ないんだから、後は自分で行こう。
大丈夫。すでに何件か下見をしているし、贅沢言わなければ住むところは決められる。

「行かせるわけないだろ」
冷たい表情で前を向いたまま、ハンドルを握る徹さん。

「でも、私は行くの」

今日中にアパートを決めて引っ越しの手配をしたいんだから。
じゃないと、いつもでもお兄ちゃんに秘密を持ったままになる。

それっきり、徹さんは黙ってしまった。
車は止る気配もなく、マンションへと向かっていた。