『ああ、起きてたんだ』
 『・・・・・・』
 『起きたならこっちに来たらいいのに』
 ぶつぶつ呟きながら男は俺が寝ていた大きなベッドに腰を下ろす。
 『君、道で倒れたんだよ。しかも俺の前で、というか俺にもたれかかる感じで。家がどこかもわからないし、仕方ないから連れてきちゃった』
 そこは救急車を呼ぶべきなのではないのだろうか。
 助けてもらっておいてなんだけど、道で人が倒れたら普通は救急車を呼ぶと思う。
 『・・・アンタ、誰』
 『アンタ呼びかよ。まあいいや。俺は石丸連音。Reoって言えばわかるかな?』
 『Reo・・・・・・』
 差し出された名刺を受け取らずに見つめる。
 そういえば、学校で女子が話していたのを聞いたことがある。
 なんでも、今人気の写真家であるそうだ。
 『で、ここは俺の撮影スタジオだよ。それにしてもよく寝てたね』
 『・・・・・・』
 『君、名前は?高校生だよね?』
 『・・・瀬戸悠理』
 Reoの目的がよくわからないまま答える。
 『悠理ね。ねえ悠理、ここでモデルとして働いてみない?』
 『・・・・・・は?』
 これは、俗にいうスカウトのようなものなのか?
 『ねぇ、どう?もちろんお給料も出すよ』
 『・・・・・・』
 『返事はなしか。まあ、今すぐじゃなくても良いよ返事は。じゃあ、また後で来るね』
 それだけ言ってReoは寝室を出て行った。
 俺は、またベッドに倒れこんだ。
 ボスッ、と柔らかい音をたててベッドが俺の体を受け止める。
 モデル・・・俺が?
 全然想像できねぇ。
 でも・・・こんなに眠れたのなんて、いつぶりだろうか。
 俺はまた、ゆっくり目を閉じた。

〔真紘side〕
 「これが俺の全部」
 そういって悠理は小さく息を吐いた。
 やっぱり、悠理の体はまだ小刻みに震えている。
 私も、なんて声を掛けたら良いのかわからない。
 悠理の過去は、想像を絶するくらい残酷だった。
 私の過去なんてちっぽけに見えるくらいに。
 現に今、悠理は幼いころに植え付けられたトラウマによって囚われ、苦しんでいる。
 私はそっと悠理に近づいた。
 悠理に触れると大きく悠理の肩が跳ねる。
 私は何もしゃべらないまま悠理を抱きしめた。
 「真紘・・・・・・」
 悠理も、恐る恐る私の背中に手を回す。
 そしてギュッと強く私のことを抱きしめる。
 数秒間、どちらもお互いを離すことなく抱きしめ合うだけの時間が過ぎる。