吐き気にも似たものがこみ上げてくる。
 俺はその日、声を上げて泣いた。
 『うるさい』って父には怒鳴られたけど、もうそんなことどうでも良かった。
 母さんがジュースの中に睡眠薬の類のものを混ぜ、俺を眠らせたこと。
 俺を置いて出ていったこと。
 そして、母さんは俺のことが大嫌いだったてことがとても受け入れられなかった。
 母さんの手紙をすぐにビリビリに破いてゴミ箱に捨てた。
 母さんとの思い出と一緒に、母さんへの愛情と一緒に。

 父から聞いた話だと、父と母さんは正式に離婚したそうだ。
 でも、俺にはもうそんなことはどうでも良かった。
 どうでも良くなるほど、俺は日々を過ごすことに疲れていた。
 俺は、その日から家で寝れなくなっていた。
 眠ることが怖くなってしまった。
 俺の目の下には常に隈ができていた。
 父はそんな俺を『ゴミ』『樹里に似たそんな目をするんじゃねえ』と罵った。
 なんだ、俺にも母さんと似てるとこあんじゃん。
 俺は、父の子である以前に、母さんの子でもあるのに・・・。
 あの日ゴミ箱に捨てたはずの愛情は恐怖と憎悪の感情に変貌し、未だ俺の胸の中に居座り続けていた。
 数年後、父が死んだ。
 酒の飲みすぎで肝臓が悪くなっていたらしい。
 医者からそんな説明を受けた。
 その説明も、どこか他人事のように、別世界のようにぼんやりと聞いていた。
 涙は出なかった。
 当たり前だ。
 数年前にぽっかりと空いた胸の隙間は埋まっていなかった。
 俺の生活にかかる金は父方の祖父母が払ってくれる事になった。
 家を追い出され路頭に迷わなかっただけでもマシだろう。
 父がいなくなった家でも、やっぱり俺は眠れなかった。
 
 めちゃくちゃな生活リズムに俺の体はとうとう耐えきれなくなったのだろう。
 ある日、俺は学校の帰りに倒れた。
 周囲の人間がなにか叫んでいる。
 ほんと、人間って身勝手だよな。
 普段は何も見ていないかのようにスルーするくせに、こういうときだけ騒ぎ立てるんだから。
 目が覚めると、そこは小綺麗に片付けられた部屋だった。
 扉を挟んで向こうの部屋からは数人の話し声が聞こえてくる。
 ここは何処なんだ?
 ベッドから降りる気にもならずぼーっとただ虚ろにどこかを見る。
 どれくらいそうしていたんだろう。
 ドアが開いて、俺より少しだけ年齢が高そうな男が部屋に入ってきた。