強引な無気力男子と女王子

 あの頃は、まだ私は性別とか、自分の顔とかについて何も考えてなくて。
  純粋な小学生の私。
 私はそのときも多分普通の男子よりかは女子にモテていたと思う。
 そんな私に一人のクラスメイトの女の子が言ったんだ。
 名前は確か、アカリちゃん。
 『あ、あの!私と付き合ってください!』
 『え・・・』
 私はそれがどういう意味か分からなかった。
 でも、『よくわからないからごめん』と言おうと思ってアカリちゃんの顔を見ると、私を見ていた瞳は不安げに揺れていたように見えたんだ。
 今思えば、そこでちゃんと断っておけばあんな風にはならなかったんだろう。
 でも、私にはその子の告白を断る勇気がなかったんだ。
 
 正直に言えば、アカリちゃんとの付き合いは楽しかった。
 公園に二人で行ったり、図書館で勉強したり。
 でも、やっぱりその楽しいは恋人の楽しいじゃなくてクラスメイトと一緒に遊んで楽しい、でしかなかった。
 アカリちゃんを恋愛対象として見ることはどうしても出来なかった。
 アカリちゃんも薄々そのことには気づいていたんだろう。
 だから、アカリちゃんから無理矢理キスをしようとしてきたんだ。
 『ちょ、やめ、てっ・・・!』
 『キャッ』
 力任せにアカリちゃんを引き剝がそうとすると、私よりも華奢なアカリちゃんは簡単に離れた。
 『どうして・・・』
 『っ、ごめん』
 私はアカリちゃんの顔が見れなくて、あとは無理矢理キスをされそうになった恐怖心で足早にその場を離れた。
 冷静に考えたら、一方的に悪いのは私だ。
 恋愛対象として見てもないのに受け入れて、そして突き放して。
 罪悪感を抱える私に、あの言葉はまるで呪いみたいによく効いた。

 翌日、アカリちゃんに謝って、そしてやっぱり付き合うのは無理ってちゃんと断ろうと私は決心して教室に足を踏み入れた。
 『おはよう。あの、アカリちゃん』
 『ごめん、別れてほしいです』
 『え・・・?』
 フリーズした。
 自分が言おうと思ってた言葉をそっくりそのままアカリちゃんに言われて、びっくりしたんだ。
 『真紘くんって、なんか思ってたのと違うね……』
 その言葉に、頭の先からつま先までどんどん熱が奪われていく。
 思ってたのと違う?
 『デートとかも、お金いらないとこばっかだし。プレゼントもくれないし。真紘くんって、もっと王子様みたいにしてくれるんだと思ってた』
 『王子様』
 その言葉が頭にこびりついた。
 お金がいらないところ?
 プレゼントをくれない?
 『—————』
 段々アカリちゃんの声が遠のいていく。
 聞こえているはずなのに、言葉が理解できない。
 理解するのを脳が拒んでいる。
 思っていたのと違う?
 —ふざけるな。
 私の顔で、私の中身まで決めつけるなよ。
 ぐるぐると黒い怒りが私の中で渦巻いて、弾けて、溢れた。
 『ふざけるなよ!このブス!』
 そこまで言って我に返った。
 私の声は、よく響いて教室がシン、と静まり返る。
 視線が痛いほど刺さった。
 『あ、い、今のは・・・』
 『う、うわあぁぁん!』
 泣き出したアカリちゃんを女子が支える。
 『ちょっと女の子になんてこと言うのよ!』
 『真紘くん、そんなに酷い人だったの!?』
 女子から非難の声が上がる。
 『やーい、最低なおとこおんな!』
 『あーあ!泣かせた!』
 男子からの野次も私の心をえぐる。
 まるで私が一方的に悪で。
 教室中の全てが私の敵になったみたいだった。
 どうにか二本の足で立っている。
 足の感覚以外なかった。
 泣いているアカリちゃんと目が合う。
 目の縁いっぱいに水を溜めたアカリちゃんが近づいてくる。
 足が地面に張り付いたみたいに動けなかった。
 そのままアカリちゃんは私に平手打ちをする。
 乾いた音がやけに大きく聞こえた。



 「それからのことはよく覚えてないんだけど。中学校からは王子の仮面を貼り付けて過ごした。そっちのほうが周りに人が寄ってくるし、楽だったから。・・・それから、いつ自分の素を出せば良いのかわからなくなった。日葵がいなければ私は本当に壊れていたかもしれない」
 今までの思いを吐き出すように一つ一つ呟いて悠理のほうを見据えた。
 「だから、私は人と付き合うのが怖いの。女子を泣かせた、それだけのことと言ってしまえばそうなんだけど。でも、やっぱり怖いんだ」
 なんだか、自分がものすごく醜くて、心の狭い最低な奴に思えて恥ずかしくなる。
 悠理から、顔を逸らす。
 『王子様』
 その言葉は私にとって呪いだった。
 『王子様』を演じていなければまるで私に存在価値がないと言われているようで。
 俯くと、ポタポタと涙がこぼれて、座っていたソファにシミを作る。
 突然、頭に柔らかいものが置かれた。
 「・・・え?」
 悠理が、無言で私の頭を撫でている。
 「悠理?」
 「辛かったね、真紘。もう大丈夫」
 不思議と、涙が引っ込む。
 「俺は、真紘のことが、真紘の中身が大好きだから」
 悠理が柔らかな声でそういえば、私の気持ちも落ち着いてくる。
 「悠理、ありがとう・・・。本当にありがとう」
 「ん」
 自然と二人の距離が縮まって、なくなる。
 唇が重なる。
 ただ触れるだけのキスで、リップ音が部屋に響く。
 ふ、雰囲気が甘い・・・!
 こんな甘い雰囲気になったのは初めてで、恥ずかしくて俯く。
 「真紘」
 「・・・っん、ぅ」
 私を逃がさないとでもいうように悠理は私の顔を上げさせ、深いキスをする。
 身体中の血が顔に集まったみたいに、顔が熱い。
 「真紘、顔真っ赤」
 「う、うるさい・・・」
 否定するも、その声は小さい。
 「・・・寝よ、真紘」
 「ふぁ!?」
 ねねねねね寝よ!?
 何を言い出すんだ!?
 「悠理!?」
 「・・・スゥ、スゥ」
 「は?」
 一気に脱力してしまう。
 隣を見ると、悠理は穏やかな顔で眠っている。
 ・・・なんか、私が変態みたいじゃん。
 というか、寝るのはやっ!
 さっきまで、起きてたじゃん。
 しかも、ここソファだし。
 言いたいことはいっぱいあったけど、過去のずっと私にのしかかっていた黒い感情を話せたからか、私にも眠気が襲い掛かってくる。
 まぁ、今日ぐらいはいいかな・・・。
 悠理の肩にもたれかかって、瞼を閉じる。
 
 翌日。
 私より少し早く目覚めた悠理に「危機感を持って!」と怒られた。
 解せぬ。
 ちなみに、モデルの皆には私と悠理が付き合ったことはすぐばれた。
 皆曰く「悠理の機嫌が物凄くいい」らしい。
 モデル内恋愛禁止とかいうルールもなくて、素直に祝ってもらった。
 「はぁ、気が重い・・・」
 「真紘、写真カッコよかったよ!」
 「ああ、日葵も見に行ったの・・・?」
 「写真展には行けてなくて、ホームページで見ただけだけど、今日駿樹と行ってくるつもり!真紘を見に行くって理由なら駿樹も許してくれると思うし!」
 私がこんなにため息をついてる理由。
 ついに、ついについに私の写真が昨日始まったReoの写真展に出されたんだ。
 しかも「新顔だから」という理由で特設コーナーまで作られて。
 Reoは女子高生にも人気の写真家。
 当然、うちの学校からも見に行った人はいるだろう。
 見に行ってなくても、Reoのホームページをチェックして、「マコト」としてホームページに載ってる私の写真を見た人は少なくないはずだ。
 事実、昨日日葵とショッピングモールで遊んでいた時も「あ、あの!マコトさんですか!隣の女の子は彼女さんですか!?可愛いですね!握手とかってしてもらってもよろしいでしょうか!?」と女の子に声をかけられたばかりなのだ。
 どうやら、完全に男だと思ってるみたいだった。
 日葵が彼女になってるし。
 王子様の外面で、完璧に対応したけど。
 この調子じゃ、学校でもすでに噂にはなってるだろうなぁ・・・。
 悠理のお披露目写真展のあとのときもその話題で持ちきりだったし。
 
 憂鬱な気分のまま教室に入る。
 もちろん、そんな表情は微塵も出さないけど。
 「真紘くん!Reoのモデルやってるの!」
 「すごい!」
 「写真カッコよかったよ!」
 「悠理君とペア組んでるってホント!?」
 「W王子・・・尊すぎて死にそう・・・」
 「柳井!お前ってすげーなー!!」
 案の定というか、私が扉を開いたらクラスメイトが物凄い勢いで寄ってくる。
 女子も、男子も。
 男子は基本、私のことをよく思ってないのだろうけど、流石にモデルとなると話は違うのだろう。
 寄ってこない男子も興味津々といった様子だ。
 いちいち相手するのもなんだかめんどくさくて、「マコト」が女子という事だけ他校の生徒に漏らしたりしないでほしいという事だけ伝えた。
 これは、連音さんの指示なんだけど。
 基本、Reoは男性モデルを撮る写真家らしい。
 実際、連音さんも私を男子だと思ってスカウトしたみたいだしね。
 女子を撮ってもいいんだけど、連音さんは一応、男性専門として一貫して活動しているから、私も男のモデルとして公式には発表したんだって。
 クラスメイトにもその旨を伝える。
 部活所属者も多いし、そのうち、いや今日中には全校に私からの願いは届くだろう。
 「はぁぁ~・・・・・・」
 「アハハ、真紘、だいぶ疲れたって顔してるね」
 「そりゃそうですよう・・・」
 あっという間に私がモデルをしているという話は学校中に広まり、休憩時間には違う学年の先輩たちまで教室に来て、もみくちゃにされて、王子様スマイルを振りまいて・・・。
 それもこれも、連音さんが私を男だと勘違いして半ば強引にスカウトしたせいだ。
 隣でチョコミントのアイスを食べながらカラカラと笑う連音さんをジトーッと睨む。
 そんな視線に気づいてなのかなんなのか連音さんは「そんな真紘に朗報です」と愉快そうな顔で声を上げる。
 「なんですか?」
 「真紘、明日から夏休みだよね?」
 「そうですけど」
 今日は終業式で、学校が早く終わった。
 だからこんな昼間から溜まり場にいるんだけど。
 なんだかんだ言って、私もここに入り浸ってるんだよね。
 クーラーきいてて快適だし、広いし、冷凍庫にはアイスが常備されてるし。
 「来週の日曜日、あいてる?」
 「確か・・・予定なかったと思います」
 「良かった」
 「?」
 撮影があるとかかな?
 どこが朗報なんだろう?
 割と最近撮影してるけど。
 「日帰りで皆で海行こう!」
 「・・・えぇっ!?」
 海?
 急にどうして。
 「もちろんみんなと夏の思い出を作るっていう目的もあるんだけど、次の写真展のテーマが『夏』なんだよね。だから、プライベートビーチで海を背景に水着姿とかで撮影をしようと思って。近くに別荘もあるからそこで着替えとかはするよ」
 「プライベートビーチ・・・別荘・・・」
 庶民の私には無縁そうな言葉がポンポン出てきて戸惑う。
 やっぱり、連音さんってお金持ちだよね・・・?
 私の考えを読んだのか連音さんは「あれ、言ってなかったけ。親が企業の社長なんだよ」とこともなげに言う。
 つまり、そこは連音さんの実家のプライベートビーチと別荘なのか。
 「お昼にはバーベキューもするよ~」
 「おー、楽しみだねー」
 いつからいたのか、棗さんも会話に混ざる。
 「真紘も行くよね」
 断る理由もないし、海には行きたいし。
 「行きます」
 「そうこなくっちゃ」
 「あ、でも水着・・・」
 さすがに水着はバレるよね、性別。
 「んー、真紘は水着じゃなくて、薄着の衣装にしようか、じゃあ。アロハシャツとかも、真紘ならオシャレに着こなせそうだし。まあ、衣装は用意しとくね」
 「分かりました」
 海かぁ、久しぶりだなあ・・・。
 いつぶりだろう?
 小学生のとき、お兄ちゃんと一緒に行ったのが最後だっけ?
 「え~、真紘水着着ないの?」
 「うげ」
 来たよ。
 いつの間に目を覚ましたの?
 悠理は私と付き合ってからというもの、ますます甘くなっている。
 距離も近いし。
 まあ、距離は最初っからバグってたんだけどね。
 「着ないに決まってるでしょ」
 「え~、どうして?」
 「どうしてって・・・」
 分かってるでしょ、絶対。
 「真紘のビキニ、見たい」
 「は、はぁ!?」
 ビキニ!?
 あんな露出度の高い水着なんて着れないよ!
 第一、持ってないし。
 「ダメ?」
 「ダメ!というか無理!」
 コテン、と首を傾げ下から上目遣いに見てくる悠理に、私は全力で首を振る。
 それはもう、もげそうなぐらい。
 「ふ~ん・・・」
 「え」
 もっとしつこく言ってくるかと思っていたのに、あっさりと悠理は引き下がる。
 だから、私はそのあとは安心していたんだ。

 「海だなー!気持ちー!」
 連音さんが運転する車と、龍羽が運転する車の二台で、私たちは連音さんのプライベートビーチに来ていた。
 やっぱり、海は開放感がすごい。
 プライベートビーチは超綺麗で、青い海と白い砂浜の色のコントラストが美しい。
 早速龍羽と棗さんは足首まで海に入ってるし、千晴くんは砂浜で一生懸命歩いてるカニをじっと見つめてる。
 一さんと香くんはみんなの荷物運びを黙々としている。
 連音さんは早速海の写真を数枚撮ってる。
 私は、車の中で寝てしまった悠理を必死に起こしてる途中。
 性格出てるよね、なんか・・・。
 というか、ぜんっぜん起きないんだけど!
 「ゆ~う~り~!起~き~て~!」
 ペシペシ頬を叩くも悠理は目覚める気配もない。
 「起きないなら、キスするよ?・・・なーんてね、何言ってんだろ私、あはは」
 「してくれんの?」
 はああぁぁぁ!!??
 起きてたの!?
 というか、確信犯でしょ!
 最悪だ!
 「ほら、してよ」
 「・・・っ」
 私にお構いなしで悠理は顔を突き出す。
 腹立つぐらい綺麗な肌、顔立ち。
 「真紘」
 「っ、目、つぶって・・・」
 「ん」
 長いまつ毛。
 一つ一つに意識が行ってしまう。
 チュ、とただ触れるだけの軽いキスをする。
 私にはこれだけで精一杯。
 急いで距離をとろうと顔を離す私を逃さないとでもいうかのように、悠理は近づく。
 私よりも悠理のスピードのほうが勝って距離が埋まる。
 「・・・っはあ、はぁ」
 息があがっている私に対して、悠理は余裕そうに微かに口角をあげている。
 ・・・なんか、ムカつく。
 「真紘ー!悠理起きた〜!?」
 「あ、はい!」
 連音さんの声が聞こえてなおも近づいてこようとする悠理をドンッと突き飛ばし返事をする。
 「真紘、こっちだ」
 香くんと一緒におおかたの荷物を運び終えた一さんが手招きをするので不満そうな顔をしている悠理を立たせ、引っ張って連音さんの別荘の前まで歩く。
 全然手伝えなかったな。
 申し訳ない。
 「とりあえず着替えて来て!午前中は撮影、午後からは自由だよ」
 連音さんの一言で、私達は指定された部屋に入って行った。

 ちょっと遅れてしまった。
 焦りながらも待ち合わせ場所まで歩く。
 潮の香りがする風が頬をなでる。
 案の定、もう全員待ち合わせ場所についていて、私を待ってくれていた。
 「遅かったな、真紘!」
 「ごめんごめん。別荘広くてちょっと迷っちゃって」
 「あー、わかる。俺も初めて来たときは一時間ぐらいさまよってたわ」
 「一時間は流石にもり過ぎじゃない?」
 「いやいやこれが本当なんだって!」
 「うっそだぁ〜」
 龍羽とやいのやいの言い合う。
 「え〜、龍羽腹筋バッキバキじゃん」
 「意外か?」
 「いや、イメージどおり」
 「触ってもいいけど」
 「それは遠慮させていただきまする」
 「なんだよその喋り方」
 「ちょっと近い」
 龍羽のツッコミとおんなじタイミングで不機嫌そうな悠理が口を開いたかと思うと、龍羽から遠ざけるように私の腕を掴んでグイッと自分のほうに引き寄せる。
 「うわ、ちょ」
 突然のことになす術もなく、意味を持たない声を出しながら私は悠理の腕の中にすっぽりと収まった。
 「嫉妬こわいねー」
 「真紘、嫌だったら怒っていいよ?」
 「束縛が激しいんじゃない?」
 「束縛が激しい男は嫌われるぞ」
 「香、うるさい。それに、真紘は俺のこと嫌いにならないから」
 その自信はどこから!?
 ・・・悠理のこと、好きだけどさ。
 なんとなく負けた感じがして、悔しくて悠理のことを軽く睨む。
 私のそんな視線に気づいて悠理は不敵に笑う。
 そんな顔すらかっこよくて顔を赤らめながらそらす。
 やばい、私絶対何かの病気だ。
 「あっま・・・」
 「見てるこっちまで恥ずかしくなるわ・・・」
 「・・・・・・」
 みんなのボソボソとした呟きが耳に入る。
 そこで私の羞恥心は最高潮に達す。
 恥ずかしすぎて、顔あげれないよ・・・。
 「は〜い、真紘をいじめるのもそこまでね〜。とっとと撮影終わらせて、海で遊ぶよ〜」
 連音さんがパンパンと手を叩いたのを合図に、私達は各々撮影をの準備に向かった。

 「なんだ、これ・・・」
 大したトラブルもなく撮影は無事終了・・・したかに見えたのだが。
 私の部屋で、事件は起こった。
 衣装から私服に着替えようとリュックサックを覗いたのだが、そこには私が着ていた服はなく。
 「黒ビキニ・・・?はぁ・・・?」
 スタイルのよいお姉さまが着るような真っ黒のビキニが入っていた。
 状況が理解できず、しばらくビキニを持ったまま固まる。
 ・・・間違いない、悠理の仕業だ・・・。
 こんなことをするのはここには悠理しかいない。
 そう確信した私は悠理の部屋へ向かおうとドアノブをひねって押すと・・・。
 「あ、真紘。着てくれた?」
 私が問い詰めようとしていた悠理がそこに立っていた。
 「悠理、アンタねぇ・・・!」
 「ビキニ着てないじゃん」
 「あったりまえでしょうが!」
 悪びれもせずしれっとビキニについて触れた悠理に思わずチョップをしてしまいそうになる。
 「私の服、返して!」
 「ビキニ着てくれたら返す」
 「はぁぁぁあ!?」
 意味分かんない意味分かんない本当に意味分かんない。
 「じゃあ、先砂浜行ってるから。ビキニ着てきてね」
 「ゆ〜う〜り〜!」
 「みんな待ってるし、なるべく早くね」
 それだけいつもの無表情で言い放って悠理は退散してしまった。
 ふっざけんじゃないわよぉお!
 「あ、そうだ」
 悠理の部屋に行って、回収してくればいいじゃん。
 私って、天才。
 でも待って・・・。
 私、そういえば悠理の部屋知らないや。
 悠理の部屋を探すために他の人の部屋に入るのも気が引けるし・・・。
 連音さんに聞けばいいんだろうけど、事情を話したらあの人は面白がってビキニを着るよう勧めてくるだろう。
 その姿が容易に想像できる。
 ・・・さっき、本当にチョップしとけば良かった。

 十数分に渡る苦悶のすえ、私は覚悟を決めてビキニを着ることにした。
 親切なことに、ラッシュガードまで入っていたのでビキニだけの姿より、幾分かはマシだろう、いや、マシなことを願う。
 サンダルも履かずに歩いていると、足に直に砂の熱が伝わってくる。
 サンダル履いてくるべきだったかな・・・。
 なるべく日陰のところを探して歩く。
 やっぱり海はいいな〜。
 風が気持ちいいし、そこにいるだけで普段よりテンション上がるし。
 ぶらぶら歩いていると、連音さんの姿が見えてくる。
 「お〜い、真紘〜!こっちこっち!」
 向こうも私に気づいたらしく、ブンブン激しく手を振る。
 「あれ、真紘、水着持ってきてたの?」
 「!」
 連音さんがいち早く私の姿に気づいて、首をかしげる。
 やっぱり、ラッシュガードを着ていても、水着だってことはわかるか。
 「いや〜、まあ、なんというか、その」
 曖昧な返事を返す。
 ビキニを身に着けているなんてバレたら腹黒の連音さんはさぞ面白がることだろう。
 絶対にいうもんか!
 「学校のスク水ですよ、スク水。もしかしたら海に入りたくなるかもしれないと思って」
 「あーね、スク水ね」
 特に疑う様子も見せない連音さんの言動にホッと胸をなでおろす。
 そういえば、他のみんなは?
 キョロキョロあたりを見回す私に気づいて、連音さんが「もう少し先の海で遊んでると思うよ」と私が来た方向の逆側を指さす。
 「せっかくだし、行ってきたら?バーベキューも、あと一時間後ぐらいだし」
 「一時間後?」
 もう十二時回ってるよ?
 なんでまたそんなゆっくり。
 「はしゃいだ龍羽が、持ってきていたお菓子全部食べて、お腹空いてないんだって。今、お腹を空かせるためにも遊んでる」
 「あ〜、なるほど・・・」
 遠足気分の小学生か、龍羽は!
 「ちょっと行ってきます」
 「オッケー」
 連音さんに見送られて、私はその場をあとにした。

 数分歩いた先に、みんなはいた。
 海に入って、泳いだりして遊んでる。
 ワイワイワイワイ楽しそうだな。
 千晴くんは、砂浜にレジャーシートをひいて、その上にちょこんと座っている。
 私もその隣に腰をおろした。
 「あ、真紘」
 「千晴くんは泳がないの?」
 「うん。水が苦手で」
 「そっか」
 「真紘は?」
 「私は、カナヅチなの。水は平気なんだけど、泳ぎが苦手で」
 「真紘にも苦手なことあるんだ」
 「私だって人間だよ?不得意なことの一つや二つあるって」
 「そうだね」
 いつもの会話のはずだけど、なんとなく千晴くんが上の空な気がしてそっと隣を見る。