強引な無気力男子と女王子

 「ほら、悠理、自己紹介」
香さんがペシペシと瀬戸悠里の頬を軽く叩く。
 「ふあああああ‥‥‥あ?」
あくびをした瀬戸悠里の焦点が私に定まる。
 「逆ナンされてた人じゃん」
「あはは‥‥‥」
変な覚え方に苦笑する。
 でも、瀬戸悠理が学校で私のことを知らないならまともな覚え方か。
 「えっ!真紘と悠理知り合い!?」
不思議そうに龍羽さんが私と瀬戸悠理の顔を交互に見る。
 「ちょっと助けてもらったんです」
「ほぇぇ〜‥‥‥。あの悠理が人助けとはなあ‥‥‥」
龍羽さんが感心したようなつぶやきを漏らす。
 「ふぅん、逆ナンってことは君、やっぱりモテるんだ」
 今までずっと会話に入って来なかったReoさんが言う。
 すみません、今まで存在忘れてました。
 だって会話入って来なかったんだもん。
 私は悪くないっ!
 「瀬戸悠ふあああ理。モデルネームはハル」
オイ、名前があくびで聞こえないぞ。
 「で、僕がReoこと石丸連音。よろしくね、これから」
「あ、はい」
 石丸連音が本名なのね。
 だからReoなのか。
 
 「真紘のモデルネームはマコトでいい?」
「はい」
 私に確認して、Reoもとい連音さんはカタカタとキーボードを打っていく。
 どうやら、Reoのホームページに私のことを掲載するんだそうだ。
 「好きな食べ物は?」
「キムチ」
 「へえ、辛党なんだ」
 「はい」
 連音さんがキーボードを打ってる間、モデルの皆はスマホを見たり、ゲームをしたり、寝たりと各々好きなことをしている。
 本当にここ、溜まり場として使われてるみたいだ。
 スタジオって聞くとなんだか緊張したイメージだけど、ゆったりとした雰囲気に安心する。
 「趣味は?」
「漫画を読むことですかね?」
「ok」
カタカタカタカタ‥‥‥。
 静かな空間にキーボードを打つ音が響く。
 でも沈黙は居心地が悪いわけじゃない。
 「好きな女の子のタイプは?」
「‥‥‥!」
しまった、私が女ってまだ言ってないんだった。
 手が汗でベトベトになってくる。
 急に私が黙ったから、連音さんが不思議そうに顔を覗き込む。
 きっと私の顔は、焦りと戸惑いでおかしな顔だろう。
 どうしよどうしよどうしよ。
 頭の中が全てどうしよの四文字で埋め尽くされる。
 勘違いしたのは向こうだけど、ずっと黙ってたのは私だ。
 適当にタイプを言って騙し続ける?
 それとも謝って女だということを隠し続ける?
 人として駄目なのは絶対に前者だ。
 それに、いつかボロが出だすだろう。
 消去法で後者にするか?
 いやでもそれなら何で今まで黙ってたんだって話だ。
 ああ、でも‥‥‥!
 ‥‥‥っ、もうどうにでもなれ!
 「ごめんなさい!」
そう言って私はあぐらをかいている連音さんにガバッと土下座した。
 土下座をしたせいで連音さんの顔は見えないけど、きっと驚いた顔をしているだろう。
 いや、連音さんだけじゃない。
 寝ている瀬戸悠理を除いた全員の視線が背中に突き刺さる。
 「どうしたんだ、真紘!?」
「騒がしいな」
「何?」
「どうしたのー?」
「大丈夫ですか?」
「すぅ、すぅ‥‥‥」
 「急に大声出して真紘、どうしたの?」
皆の心配している声が聞こえてくる。
 瀬戸悠理は寝息だけど。
 「ほんっとうにごめんなさい!“私”、女です!」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
 たっぷり間を開けたあと、
 「「「「「「ええええええぇ!?」」」」」」
 「すぅ、すぅ‥‥‥」
 六人の叫び声がマンションの一室に響き渡った。
 
 「「「「「「ええええええぇ!?」」」」」」
 「‥‥‥」
ダラダラと嫌な汗をかく。
 土下座をしたまま、顔を少し上げる。
 そこには、信じられないという表情で固まっている六人がいる。
 口をあんぐり開けていて、間抜けな顔をしているが、それでも元の顔の良さはなくならない。
 やっと我に返ったようで、それでも口をパクパクしている。
 まるで陸にあげられた魚だ。
 「う、嘘、だろ?」
「‥‥‥本当です」
龍羽さんが質問してくる。
 「胸ねぇじゃん!」
失礼な!
 「さらし巻いて隠してます」
イライラをおし殺して静かな口調で答える。
 「わざわざ男装する理由がないだろ?だよな?な?」
後ろに立つ五人に同意を求めるように言う。
 後ろの五人も喋りはしないがコクコクと首を縦に振る。
 「‥‥‥親友をナンパから護衛してました」
 そこまで言ったのにまだ信じられないという表情をしている六人を見ているとなんだか笑えてくる。
 私の男装はそこまで凄いのか。
 もうこれから男子として生きていこうかな。
 とはいえこの六人の反応が失礼に思えて少しむっとしながら財布から保険証を取り出してズイッと突き出す。
 「柳井真紘‥‥‥、性別、おん、な‥‥‥」
呆然とした口調で千晴さんが読み上げる。
 「本当に女‥‥‥」
そこまでショックを受けられたという事実に私もショックを受ける。
 私は一欠片も女に見えないのか。
 そんなショックなことだった?
 「な、なあ、女ならモデルにはならねぇよな?じゃあ見送るぜ」
龍羽さんが目を忙しなく動かしながら言う。
 でもなあ‥‥‥それだと映画館代払ってもらえないしなぁ。
 諦めるしか無いのか‥‥‥。
「モデルできないんですよね‥‥‥?お騒がせしてすいませんでした。いても邪魔になるだけなので帰らせてもらいます‥‥‥?」
 何故か語尾が上がり口調になるが誰も突っ込まない。
 何も反応がないということは肯定ととっていいのだろうか?
 おそるおそる立ち上がり出口を目指す。
 誰も反応せずに、ただただこちらをボーッと見ている。
 居心地が悪い。
 ゆっくりゆっくり出口に向かうと、グンっと後ろに急に引っ張られる。
 「え、うわ、ちょ」
 突然のことになす術もなく、意味不明な言葉を発してドスンと尻もちをつく。
 下の階に迷惑じゃないかな?
 そんなに私重くないか。
 というかすっごく痛かったんですけど!
 誰だよ‥‥‥。
 恨めしげに後ろに立つ人物を見上げる。
 そこには、さっきまで眠っていたはずの瀬戸悠理が立っていた。
 眠たいのか目がとろん、としている。
 髪が少し跳ねて可愛らしい。
 ガラにもなくそんなことを思う。
 「あの、何か?」
 まさか理由もなく引っ張ったとか言わないよね?
 結構痛かったし。
 「‥‥‥‥‥‥」
 私が恨めしげに見上げるも、瀬戸悠理は無反応。
 本当に何なんだ。
 「‥‥‥‥‥‥」
 「‥‥‥‥‥‥」
 双方何も言わないまま、時間がすぎる。
 「あの‥‥‥」
 「ねぇ連音、コイツモデルとして撮らねぇの?」
 私が沈黙に耐えきれず発した言葉は瀬戸悠理の声でかき消えた。
 なんとも的外れな疑問だ。
 あなたは今まで何を聞いていたのか。
 あ、寝てたんだっけ。
 「別に女ってこと隠してモデルやればよくね?」
 ぬ、起きていたのか。
 「ああ、そういう手もあるか」
 連音さんが名案だ、というように手をポン、と打つ。
 「そうしよう」
 「え?」
 あまりに展開が速すぎて思わず聞き返す。
 「男として、撮影に参加してもらおう」
 本気ですか?
 いや、でも今更だけどあんまりモデルやるの気が進まないんだよなあ。
 私の微妙な空気を感じとったのか、連音さんは顔をこちらに向けて
 「いいよねぇ?」
と怪しく微笑んだ。
 笑顔が怖い。
 やっぱり腹黒だっ!
 「どうする?」
 「‥‥‥はい」
 結局、私は二回目の断るチャンスも逃してしまった。
 そんな自分を恨みたい。
 私のバカッ!
 本日二回目。
 
 
 月曜日。
 日葵にしつこく問い詰められ、私は土曜日のことを渋々話した。
 「‥‥‥と言う事があった。それだけ」
 あまり興味を持たれないように冷めた口調で淡々と喋る。
 チラッと日葵を見ると、日葵はやけにキラキラした目でこっちを見ている。
 「‥‥‥何?」
 「いやー、だってさー!親友が有名になるのって何か嬉しいじゃん!Reoもやっぱり見る目あるんだね!」
 さらり、と日葵の口からでた親友という文字に気恥ずかしくなる。
 「やっぱり学校の皆にもバレたりするかな?」
 「当たり前だよ!Reoはすごく有名だもん!」
 ああ、女子にまた騒がれると思うと溜め息が出そう。
 「さらにさらに女王子が有名になりますなぁー?」
 ニヤニヤと笑いながらこっちを見てくる日葵に「気持ち悪い」と短く言い、額を小突く。
 「ひどーい!」
 ブーブー文句を言う日葵を尻目に、移動教室の準備をする。
 「他の人には内緒ね?」
 「うん!私と真紘だけの秘密!」
 無邪気に笑う日葵を見ていると、この子と親友で良かったな、という気持ちが迫り上がってくる。
 調子に乗るから本人の前では絶対言わないけど。

 人ごみに紛れて次の教室の化学室まで移動する。
 日葵と話していたおかげでもうあんまり時間がない。
 自然と足が速くなる。
 「ちょっと真紘、待ってよー」
 日葵は私よりも背が低い。
 一歩の大きさも違う。
 日葵はトコトコ歩いてる。
 「あ、そっかごめん」
 そう言って歩く速度を落とした時。
 「「「「キャーーーーー!!!」」」」
 廊下の向こうから黄色い声が上がった。
 思わず耳をふさぐ。
 「あれ、瀬戸悠理なんじゃない?」
 「えぇ‥‥‥」
 日葵から有名だとは聞いていたけど、ここまでとは。
 大変だろうなあ‥‥‥。
 少し同情しなくもない。
 徐々に奇声を上げている集団はこっちに近づいてくる。
 それにつれて顔の輪郭がはっきりとしてくる。
 やはり女子の輪の中心に立っているのは土曜日にも見た瀬戸悠理だ。
 相変わらず眠たそう。
 ただ、この前とは違って眠たそうの中に迷惑そうな表情を浮かべている。
 周りの女子はそんな瀬戸悠理に気づいているのかなんなのか、まだ奇声を上げている。
 明らかに迷惑をかけている。
 「やっぱりモテるねぇ‥‥‥」
 「ちょっとごめん日葵」
 日葵の声に被せて言う。
 そしてそのままズンズンと瀬戸悠理の方に歩く。
 ふと振り返ると日葵は私の意図に気がついたのか、バイバイと手を振ると化学室の方に再び歩き出した。
 よかった、怒ってはなさそうだ。
 くるっと回れ右をして、私も一団に向かって歩き出す。
 「すみません、通して下さい」
 一番外側で叫んでる女に声を掛ける。
 女は「何よ?」と言いながら嫌そうに振り向く。
 しかし、それが私だと気づくと表情を一変させた。
 「え!?もしかして柳井真紘くん!?」
 ‥‥‥くん付けですか。
 くんを付けた事にはあえて触れないでおこう。
 「そうです」
 ニコ、と百点満点の笑顔を向ける。
 その女は顔を赤らめて、小さく歓声を上げる。
 リボンの色から見るに一つ先輩だろう。
 先輩までに絡まれるとは、瀬戸悠理も苦労してるんだな‥‥‥。
 しかし私に声を掛けられただけで歓声を上げるなんて‥‥‥。
 やはりこの女は顔しか見てないのだろう。
 先輩の歓声に気がついたのか、周りの女子もこちらを見だす。
 「女王子じゃない!」
 「W王子を一度に見られるなんて‥‥‥」
 「やっぱりイケメーン!」
 おい、W王子って何だよ?
 そもそも私は女王子って呼ばれることを許可した覚えはないぞ?
 などなど、色んな言いたいことはあるけどなんとか飲み込む。
 上手くこっちに意識が向いたようだ。
 よかったよかった。
 誰にもバレないようにほっと安堵の溜め息をつく。
 「何か先輩に用事?どうしたの?」
 「歩いてたら綺麗な人達がいるなって気になっちゃって。つい声を掛けちゃいました」
 微塵も思ってないことを適当に喋る。
 先輩達に笑顔を向けながら目だけ瀬戸悠理にやる。
 瀬戸悠理は驚いた顔をして私を見ていた。
 そんな瀬戸悠理に目だけでどこかに行け、逃げろと伝える。
 瀬戸悠理はやっと我に返ったらしく、目で良いのか?と訴る。
 私は瀬戸悠理にいいから行け!と目で返事をしたら、瀬戸悠理はやっと廊下の向こう側に歩いて行った。
 瀬戸悠理の姿が見えなくなったことを確認してから先輩達に向き直る。
 「すみません、もう少しお話ししたいのは山々なんですが、次の授業に遅れてしまうので失礼します」
 「えーーーー!!!」
 「ざんねーん!!」
 「また声かけてねーーー!!」
 誰が掛けるか。
 顔も覚えてないし。
 あー、顔が疲れた。
 スタスタと化学室まで早歩きをする。
 しかし間に合わなかったらしく、途中でチャイムが鳴ってしまう。
 ヤッバ‥‥‥!!
 今でも充分早歩きだったけど、更に歩くスピードを早める。

 ガラガラっと化学室のドアを開く。
 「すみません、遅れました」
 部屋に入るなり謝る。
 「宮代さんに事情は聞いたわ。災難だったわね。早く席につきなさい」
 化学の上原先生が静かに言う。
 日葵、グッジョブ!
 日葵の方を見るとヒラヒラと手を振ってる。
 それでも遅れてることに変わりわないので急いで席につく。
 女子は「遅れるの承知で人助けなんてすごいよね」「私もW王子見たかった‥‥‥」「先輩いーなー」などと勝手なことを言っている。
 一方男子は。
 「柳井は特別かよ」
 「ずり〜」
 「いい子ぶりやがって」
 「女のなのに女好きなクソビッチのくせに」
 ヒソヒソ、ヒソヒソと悪口を言っている。
 日葵曰く、女なのに男より女にモテるから“嫉妬”してるんだそうだ。
 こういうことには慣れてるから反応しないけど、やっぱり気分のいい物ではない。
 おまけに何人かは小さくなった消しゴムやクシャクシャに丸めた紙の切れ端などを投げてくる。
 先生は黒板に向かって文字を書いていて気づいてない。
 まあ高一にもなって先生にチクるなんて事はしないけど。
 丸められた紙を広げて見ると『ビッチ』『偽善者』『いい子ちゃんですねwww』などと書かれている。
 私は何も言わずにその紙を制服のポケットに突っ込む。
 こういうのは反応するだけ無駄だ。
 極めて無表情に努める。
 そんな私の態度がつまらなくなったのか、しばらくすると何も飛んでこなくなった。
 こんな事しか出来ないなんてバッカみたい。
 私に嫉妬してる暇があるなら少しでも女子に男として見られるように努力したらいいのに。
 それか直接文句を言いに来るか。
 陰口しか言えないなんてガキかよ。
 自分がモテないからって私に八つ当たりするのはやめろよ。
 それからはもう男子も何もしてこなかったので、私も集中して授業に取り組むことができた。
 「ハァァ‥‥‥」
 重い溜め息をつく。
 化学が終わってやっとお昼ごはんにありつけると思ったときに、担任の米村先生に資料を取ってくるのを頼まれたのだ。
 断れば良かったのにだって?
 外面の良さが邪魔したんだよ!
 畜生!
 イライラしながら資料室まで歩く。

 勢いよくガラッとドアを開けると、勢いが良すぎたのか、バンッと大きな音がなった。
 ヤッバ‥‥‥!
 キョロキョロと首を左右に動かして、誰もいないことを確認する。
 幸い、お昼ごはんの時間なので、資料室の周りには誰もいなく、今の音に気づくのは誰もいなかったようだ。
 フゥッと溜め息をつく。
 良かった‥‥‥。
 見られたのが女子ならば上手く誤魔化すことができるが、男子ならばそうは行かない。
 瞬く間に学校中に私の本性がバレることだってあるのだ。
 本当に良かった。
 資料室の中に足を踏み入れる。
 「んぅ‥‥‥」
 誰!?
 突然誰かのうめく声が聞こえて、私の肩がビクッと跳ねる。
 「何今の音‥‥‥?」
 聞かれた!?
 もう一度周りをキョロキョロ見回すが、やはり誰の姿も見えない。
 「聞き間違いか」
 ボソッとつぶやき、目当ての資料を探す。
 「ねぇ」
 「っ‥‥‥!!!」
 また後ろで声が聞こえた。
 絶対聞き間違いなんかじゃない。
 バッと振り向くとそこには予想外の人物が立っていた。
 「瀬戸悠理っ‥‥‥!?なんでここにいんだよっ‥‥‥?」
 瀬戸悠理は少し首を傾げてんー、と言うと
 「寝てた」
 とあっけらかんと言った。
 「寝てた?ここで?マジで?」
 返事が意外で、つい聞き返してしまう。
 「真紘こそこんなとこで何してんの」
 瀬戸悠理は私の質問には答えず、逆に質問してきた。
 ‥‥‥いきなり名前呼びですか。
 まあ私は男の知り合い、よくて友人ぐらいに見られているのだろう。
 別にそれでもいいけど。
 「先生に言われて資料取りに来てんの」
 「ふーん」
 大して興味も無さそうな返事をする瀬戸悠理。
 興味がないなら最初から聞くなっつーの!
 「なんで寝てたの」
 素朴な疑問を口にする。
 「教室だと静かに寝れない」
 あーそうですか。
 人気者は大変ですね。
 こんな奴ほっとこ。
 
 「何してるの?」
 「うるっさいな!ほっといてよ!」
 「いや届いてないじゃん‥‥‥」
 私結構背が高い方だと思ってたんだけどなあ‥‥‥。
 一番上の段にある資料にどうしても手が届かない。
 どうしよう‥‥‥。
 「ほい」
 「え?あ‥‥‥」
 見ると、私の手の中にはファイルがきちんと収まっていた。
 「あ、ありがとう」
 「どーいたしまして」
 瀬戸悠理ってもしかして結構いい奴だったりする?
 「そーいえばさ」
 「何?」
 本当に何だろう?
 できれば早く戻ってお弁当食べたいんだけど。
 私のそんな思いが伝わったのかなんなのか。
 間髪開けずに次の言葉が飛んできて、私はフリーズした。
 「いつもの王子様キャラはどうしたの」
 あ。
 忘れてた。
 「‥‥‥‥‥‥」
 「‥‥‥‥‥‥?」
 しばらくの沈黙。
 「どうしたの?」
 「‥‥‥‥‥‥」
 再びしばらくの沈黙。
 「あ、もしかしてさっきのが素?」
 「っ‥‥‥!!」
 ヤバい、露骨に反応してしまった。
 「へぇ、図星」
 そして、無表情だった瀬戸悠理の顔に初めて微かに不敵な笑みが浮かんだ。
 「さっきの乱暴な開け方とか、口調とかが素なんだ〜」
 「いや、違っ‥‥‥!」
 「何が違うの」
 「それは‥‥‥!!」
 何も違わない。
 だってこれが素なんだから。
 いや焦るな、私よ。
 焦ったら負けだ。
 「誰でもイラついてるときはあるでしょう?」
 「つまり、今はたまたまイラついてただけだと」
 「そうそう」
 よし!上手く誤魔化せた!
 一方の瀬戸悠理は納得してないみたいで、首を捻っている。
 「じゃ、じゃあそういうことだから!バイバイ!」
 「お、おい‥‥‥!」
 これ以上一緒にいたら確実にボロがでる!
 そう確信した私は無理矢理会話を中断し、資料室を飛び出した。
 どーかバレてませんように!
【悠理side】
 「お、おい‥‥‥!」
 新しいモデル仲間であり、同級生でもある柳井真紘は俺の制止も聞かず、部屋を飛び出していってしまった。
 ‥‥‥あの反応、間違いないな。
 真紘のことはよく学校で見かけていた。
 アイツも女に取り巻かれている事が殆どで、よく目立った。
 その時から、俺は真紘が表裏のある人間なんではないかという疑惑を抱いていた。
 直感だ。
 何故だか分からないが。
 真紘の笑顔はいつも作った感じがした。
 それが確信に変わったのはつい最近。

 ーバチンッ!!!
 乾いた音で、俺は目を覚ました。
 「おー!悠理起きた起きたー!!珍しー!!」
 「うるさ」
 「えー!?悠理ったら冷たぁい!」
 ウザいほど甘い、男に媚びるために作ったような声にウンザリする。
 またこいつか。
 「奥江、いい加減にしろよ、毎日毎日。付き纏われる俺の身にもなれ」
 「話しかけてくれたぁ!やったぁ!でも、奥江じゃなくて百華、って呼んで欲しいなぁ!」
 こいつ、頭大丈夫か?
 それとも耳が悪いのか?
 「ね?百華だよ!も、も、か!」
 「‥‥‥‥‥‥」
 「呼んでくれないのぉ?」
 誰が呼ぶか。
 奥江は瞳をウルウルさせて上目遣いで俺を見る。
 俺はそんな奥江を無視する。
 「百華ー!!!先生が呼んでるよー!!」
 「ええー。仕方ないなあ。じゃあね!悠理!次は名前で呼んでね!」
 奥江は女友達に呼ばれて教室を出て行った。
 「おい瀬戸!何百華ちゃん無視してんだよ!?」
 「あんな美少女、滅多にいないぞ!」
 「羨ましい奴だな!」
 男子が騒ぎ立てる。
 ただのバカだ。
 男子からの視線がうっとおしくて、逃げるように窓のほうに顔を向ける。
 そういえば、俺を起こした音は何だったんだ?
 記憶に残っているのは、バチンッという音。
 あれは人がビンタされた音に聞こえる。
 ふと、窓から首だけ出し、下の方を見る。
 ‥‥‥アイツ、何してんの?
 上から見下ろす形だから、誰なのか顔が分からない。
 しかし、ソイツが怒っていることは一目で分かった。
 何故かって?
 なんかソイツ叫びながら校舎の壁殴ってんの。
 ふいにソイツが顔を上げた。
 柳井真紘だった。
 俺は素早く顔を引っ込める。
 危く目が合うところだった。
 ふっと小さく息をついた。
 アイツが柳井真紘?
 いや、柳井真紘はあんな乱暴な奴ではなかった。
 じゃああれは誰だ?
 でも絶対アイツは柳井真紘だった。
 ‥‥‥いつも猫をかぶっていたとか?
 一番ありえそうなものではある。
 それぐらい、いつもの王子キャラの柳井真紘とは別人に見えた。
 でも、さっきの方が人間味があると言うのか何と言うのか。
 さっきの方が自然だった。
 ‥‥‥今の所、誰も真紘の素に気づいてないのだろうか。
 いないのなら何か嬉しい。
 「おい、瀬戸?お前何笑ってんだよ」
 「は?」
 クラスメイトに言われて無意識のうちに俺が笑っていたことに気づく。
 「瀬戸が笑うとか、明日台風なんじゃね?」
 「うるさい」