「たくさんのものをありがとうございました。この屋敷にいる間に、オレはたくさんのものをイザベラ様から頂いた」
「私は何も……」
「文字や数字を教えてくれた。それが今、オレを救っているんです」
「それは、あなたが持つべきだったものを返しただけなのよ」

 イザベラは困ったように笑った。

「だとしても」

 不器用な笑顔が懐かしくて、その白い頬へ手を伸ばしかけて止めた。爪の間にはインクが入り込んで、真っ黒に汚れている。綺麗に飼われていたあの頃に比べて、オレはずいぶんと汚らしくなったと、今になって気が付いた。
 汚れたズボンでこんな高級なソファーへ座るべきじゃなかった。

 慌てて立ち上がろうとするオレの手を、イザベラが取った。

「とても綺麗な手ね」

 そう言って、初めての日にオレがしたように、その手の甲に口づけた。

 あまりのことに言葉を失う。顔が紅くなる。溶けてしまいそうに顔が熱い。

 伺うようなイザベラと目が合って、息が止まる。