最後の文字を印刷して、糸で縛る。イザベラそのもののような紙の束を、オレの紐で崩れないように縛り上げる。こんな風にイザベラの心をオレに縛り付けてしまえたらいいのに。そう思って、イザベラはオレに首輪をつけなかったなと空しく笑った。
見本用の事典ができ上がった。
「ジャン、それをリッツォ伯爵家へ届けてくれ」
「オレがですか?」
「ああ、お前が届けて来い。初めての仕事だ。最後までやってみろ」
突然の話に気まずく思いながら、オレはでき上がったばかりの本をもって、リッツォ伯爵家へ向かう。仕事なのだから仕方がない。
裏口に顔を出せば、馴染みのメイド達が気さくに駆け寄って来た。
「久しぶりね」
「なにしてるの?」
「今は印刷屋で働いているんだ」
「意外ね」
ニコニコと笑うメイドたちに取次ぎを願えば、すぐにイザベラの部屋に通された。
イザベラはいつものように机の上で書き物をしている。
変わらないガラスペン。菫色のインク。使い方のわからないカラクリ。
「久しぶりね……その、なんて呼んだらいいかしら?」
イザベラはギクシャクとした笑いでオレを迎え入れた。少し怒ったふうで、顔も赤い。
「ジャンと」
「ジャン?」
「ええ、ジャンという名前にしました」
「……そう……」
イザベラはそれを聞いて俯いてしまう。