それからオレは必死に仕事に励んだ。イザベラの選んだ言葉、それを一つでも漏らさないように。読みやすいように、絵の邪魔にならないように考える。
イザベラが好きだった文字の形。余白は少し多い方がいいなんて言ってた気がする。真っ白よりはアイボリーの紙。黒に見えるインクには、少しだけ菫の色を混ぜる。
菫色のインクはイザベラのお気に入りで、オレの瞳をインクになぞらえて表現した。オレはそれを聞いて褒められているのかわからずに、曖昧に笑っただけだった。
一緒に過ごした日々を、泥の中から砂金を掬い取るように探し、見つけてはその光を愛撫する。
一つ思い出せば、その雫が胸に落ちて反響する。離れれば離れるほど、イザベラの偉大さを知るのだ。
なにもくれなかったなんて嘘だ。文字を読む力、簡単な計算、生きていくのに必要な力、その全てをイザベラがオレに与えた。
それまでの主人は、金目のものはくれたかもしれないが、誰一人オレ自身の中には何も与えなかった。欲しいものは何一つ与えなかった。
寂しいだとか、恋しいだとか、会いたいのにまだ会えないだとか、そんな複雑な感情は、イザベラがオレに植え付けた。人にしてくれた。
小さな種は、干からびたオレの心ですらしっかりと根を張って芽吹いてしまった。
会いたい。会いたい。会いたい。
元気なのはわかる。オレを必要としてないことだってわかる。
一人でこんなに素晴らしいものを書き上げているのだから。
だからこそ会っちゃいけない。
こんなオレのままじゃ会えない。
何一つやり遂げたもののないオレでは、恥ずかしくてイザベラの前には立てない。
セシリオが成人したら一緒にと、今にだって夢に思う。だけど、彼女は望んでない、そうはっきりと言ったではないか。