そんなある日。ある原稿に見慣れた名前を見かけた。イザベラだ。イザベラの書いていたものが本になるのだ。
 ジッとそれを見ていたら、声がかかった。

「どうした?」
「いや、あの、知っている名前だったので」
「お前、リッツォ伯爵家のイザベラ様を知っているのか」
「いや、名前だけですけど」
「ああ、この方は教科書やらなにやら作ってらっしゃるからな。そこで見かけたか? 今度、子供向けの百科事典を出版するんだよ。挿絵もほら」

 見せられた繊細な挿絵。細かく描かれた蝶の羽の模様。あのガラスケースの中にピンで留められていた蝶だ。間違いなくイザベラの手によるもの。イザベラの瞳を通してみた世界。

 美しい世界。

「すごいだろう」
「……すごいですね」

 驚きでため息が出る。

「お前、やってみるか?」
「はい?」
「文選(ぶんせん)と植字(しょくじ)だよ」
「いいんですか!?」
「思い入れがある奴が作った方がいいに決まってる」
「ありがとうございます!」