「ジャ、ジャン、そ、その、ね。貴方は嫌かもしれないけれど」

 たどたどしく言葉を紡ぐサクランボのような唇。
 伺うようにオレを見つめる濡れた黒い瞳。

「私、貴方が、好き、みたい。ううん、違うわ。そうじゃなくて、その、好き……だから」

 耳まで真っ赤になる。頭がぐらぐらに沸騰する。
 好きだなんて、今まで何度も聞いてきた。飽きるくらい聞いて聞いて、聞き流す程度の言葉だった。
 それなのに、どうしてこんなに胸が苦しくなるんだろう。

「ジャン……」

 その先の言葉は、本当はオレが言わなくてはいけない。そう思うけれど、唇が震えて声にならない。

「……お願い、キスを……」

 言いかけた唇を唇で覆う。驚いて息を飲む、その白い歯をなぞる。柔らかなベッドに優しく押し倒して、慄く瞳に口づける。

「オレもイザベラが」

 好きだと言おうとして、唇が凍る。

 オレも、だなんて言っていいのか。
 この心の綺麗なイザベラと、オレの心が同じだと、そんなの神様に笑われるんじゃないか。

 あの日の男爵夫人の言葉が胸の中で蘇る。オレは誰にでも言って来た。好きだと、ご主人様と同じように、オレも好きだと言ってきた。そんなオレの「好き」なんて、手垢で汚れているように思えたのだ。

「オレはイザベラを想っていてもいいんですか?」

 それでも言葉を探して、必死になって伝えれば、イザベラの両手がオレの背中をぎゅっと掴んだ。

「ありがとう。貴方でよかったわ」

 イザベラが鼻声で答える。