寝室のドアが開いて、イザベラが戻って来た。理由はわからないが、ヌイグルミを隣の部屋に置いてきたらしい。
 イザベラは、真っ赤な顔をしてギクシャクとベッドに腰かける。

 もう何も知らなかったイザベラじゃない。キスを知ってしまった。それがもたらす快楽も。
 オレが教えた。そのことに薄汚く満足する。

「どうしましたか?」
「あのね、あの、犬のヌイグルミ、ね。ジャンっていうのよ」

 突然の言葉にポカンとする。

「言われるまで気が付かなかったの。人に犬の名前を付けるのが失礼だなんて思いもしなかったのよ。ごめんなさいね」

 今更になってそんなことを謝る。
 ああ、そうか。今夜が最期だからか。どうなっても、明日にはオレの居場所はここにはない。

「気にしていません」
「良い名をって思った時に、これしか思いつかなかったの。私が初めて付けた男の子の名前。そして一番愛していた子。私にとっては最高の名前を贈ったつもりだったのよ。でも、その子とあなたを重ねて見たことなんてないわ。だって、犬のジャンはあなたよりもっと従順で……いえ、貴方が反抗的とかそういう意味じゃなくて、ううん、ああ、なんて言ったらいいのかしら」

 いつもとは違って饒舌に、一生懸命説明しようとする姿が幼く思えた。そして、それが切なかった。幼い、何も知らないイザベラも好きだ。