「イザベラ! 逃げろ!」
初めてイザベラの名を呼んだ。こんな風に叫びたくなかった。
イザベラの唇が小刻みに震えている。
オレの首筋に赤い筋がジワジワと伸びる。
イザベラの震える手が、ランプの下がった細い柱に手が触れた。その瞬間に、イザベラはハッとしたように顔を上げた。
そして何を思ったか、その柱にもたれ掛かる。不安定な柱が倒れて、オイルに火が燃え移る。
「ひ、火よ! ……火事、火事よ!!」
イザベラは大きく息を吸い込んで、あらん限りで叫んだ。
初めて聴いた大きな声。
闇の中からザクザクと警備隊が現れる。火元はどこだとイザベラを見れば、イザベラは真っ赤な男爵夫人を指さした。警備隊は無言で、男爵夫人を取り押さえる。彼女は、クスクスと笑っている。
「聖女になるだなんて気取ってたって、同じじゃない」
投げつけられた言葉に、イザベラは硬直したように立ちすくんでいた。唇が震えたまま、声も出ないようだった。
オレは慌ててイザベラを抱き抱え、その場を離れる。お咎めは後で受けようと思った。
こんな薄汚い場所に、イザベラを置いて置きたくなかった。