「何にも知らない乙女のようなふりをして気を引くなんて、さすが頭の良い方は違いますわ」
刺々しく懐かしい声が、闇夜の中にスルリと入り込んだ。
「ねぇ、そんなに嫌ならちょうだい。泣くほど嫌なら私に返して」
振り返れば懐かしい女が幽鬼のように佇んでいる。そういえば濃い赤の好きな女だった。唇もドレスも髪飾りも赤。贈って喜ぶ花は真紅の薔薇。前の主人、男爵夫人だ。
「アルベルト、帰ってらっしゃい。私ならあなたを愛してあげるわ。知ってるでしょう? 愛してあげるから。もっと素敵な服を買うわ、靴だってたくさん買ってあげたでしょう? 時計は? カフスも、黒ダイヤ買ってあげる。あなたが一番綺麗に輝くように、一番のものを望みのままに買ってあげるわ」
媚びるような声に、オレは背を向けた。もうオレはアルベルトじゃない。
夫人の後ろに立つ男は新しい奴隷なのか。ただの侍従なのか、目をそらして止める気配を見せない。
「ねぇ、アルベルト、こっちを向いて」
「夫人、オレはもうこの人のものだ」
「でも、望まれてないわ。キスぐらいも許されないで、首輪すら貰ってない」
その言葉に顔が強張る。