「マルチェロ様がおっしゃることはすべて正しいわ。でも、あの方には簡単に見えることが、私にできるとは限らないのよ」
小さくため息をつく。
「簡単に結婚結婚と言うけれど、私には無理よ。リッツォ家を当てにされても、私に相続権はない。何も持っていない私なんか誰が望むと思うのかしらね」
イザベラは肩をすくめた。
「オレはあなたが欲しい」
「ありがとう、ジャン」
イザベラは聞き流して笑う。
暗がりの中で木の葉がかすれた声を上げる。恋人の秘密を隠してしまう月のない夜。それなのに、この人はみじんも疑ったりしないのだ。
引き寄せて抱きしめて、その首筋に顔を埋める。体温で立ち上がってくる、白粉の甘い香り。