「聖女になると言ったのは、やっぱり負け犬の遠吠えでしたか。素直になれば、僕が娶ってあげても良かったんですよ」

 俯き震えるイザベラの肩を抱いて、オレはマルチェロに向き合った。

「これはこれは、社交界で有名な貴公子様ではありませんか。こんなところで牙をむくとはなかなかに無様ですね。美しい我が主人を見て欲しくなったならそう言えばいい」
「なかなかの口をきくじゃないか。『アルベルト』」

 マルチェロはワザとオレを昔の名前で呼んだ。忌々しい。

「首輪がないからといって、身分が変わったわけじゃないんだぞ? 図に乗るな! イザベラのしつけが悪いなら僕が教えてやろう」

 腰の剣に手をかける。

「いいかげんにしてください。ここは本屋です」

 イザベラが静かに顔を上げた。
 唇が震えている。声も震えている。まなじりにはうっすらと透明の幕が張って、黒真珠の様に瞳が潤んでいる。
 恐怖に震えながらも、立ち向かおうとするその姿が煽情的だ。