「デートに行きましょう!」
オレの提案に、イザベラはキョトンとした顔をしてから、ムッと眉間に皺を寄せた。
「行きません。あなたとそんなことする理由はないわ」
そっぽを向き、冷たく突き放すいつもの姿。
イザベラの不器用さだとわかっていても、小さく傷つく。
こんなオレだからデートなんかしたくないのかと思ってしまう。
だから言葉にトゲが生える。
「そんなこと言ってたら、いつまでたってもまぐわえませんよ」
俺は馬鹿にしたように言ってみる。
「ジャン!!」
イザベラが怒ってオレを睨む。
つられるようにムッとして、オレも意地悪を言ってみたくなる。
「お子様にはわからないでしょうけれど、体を合わせたいと思うようになるには必要なことなんです」
オレはご高説を垂れてみる。
ぶっちゃけ嘘だ。オレは、出会ったその日、その場所で、名前すら知らなくても、体を合わすことはできる。
でも、イザベラは違う。汚いオレとは根本的に違うのだ。
遠回りだとわかっている。それでもオレを好きになってほしい。無理矢理ではなく、受け入れてほしいから。
イザベラは一瞬傷ついたような顔をして俯いた。
「わかったわ。好きになさい」
諦めたような声をさせた自分に失望し、一人前に傷ついて、いったいなにをやってるのだと、馬鹿らしく思う。
ほかの家にいたときは、平気で優しい嘘がつけたのに。
イザベラの前では、自分が幼稚になっているのがわかる。主人を傷付けて良いはずがないのに、売り言葉を買ってしまう。
オレはことさら明るい顔をして、手を取った。
「きっと、楽しいですよ?」
「私となんて出かけても、ジャンが楽しいわけないわ」
イザベラが気にしていたのが、オレのことだったのだと気がついて胸がキュンと苦しくなった。
「楽しいです。ご主人様と一緒なら」
「そんな嘘はいらないのよ」
イザベラは淋しそうにそう笑った。
やっぱりオレの言葉は信じられないのだ。
小さく胸の奥が痛む。
「大丈夫です。オレは勝手に楽しみます」
そう言うと、イザベラは諦めたかのように小さく笑った。
*****
そして、デートへやってきた。
町歩きしやすい新しいドレスを用意して、新しい靴も帽子も用意した。
デートらしくと、オレの服もイザベラのドレスとリンクさせる。
午後の町並みは、賑やかで明るかった。
イザベラが好きな百科物屋、そうして本屋へ向かう。
リラックスしたところで、前の主人が教えてくれた店で休憩だ。店の予約は執事のセバスチャンにお願いした。
オレでは予約ができないからだ。
町がよく見えるレストランの個室に案内してもらう。
花いっぱいで飾り立てられた部屋にイザベラはハッと目を見開いた。
立ち止まり、息を飲み、そして小さくため息を漏らす。
「素敵……」
小さな、小さな呟きが零れた。
たったそれだけでオレの心は満たされる。
花で飾ってくれと注文して良かった。
「花はお好きでしょう?」
オレが問えば、イザベラはオレを見上げた。
「あなたが頼んだの?」
そう問われて、身構える。「余計なことを」と怒られるかもしれない。
彼女は自分の対する好意を素直に受け取れないのだ。
しかし、イザベラはフワリと微笑んだ。
「ありがとう」
そう言って、耳まで赤くして俯いた。
オレは不意打ちに驚いて、首まで熱くなる。
こんなの素直に喜ばれると思っていなかったから、照れ隠しに鼻を擦った。
「オレは、なにもしてない。予約は執事に頼んだし、支払いだって結局はご主人様のお金です」
口にして、情けなくなる。
イザベラは小さく頭を振った。
「ここを選んでくれたわ。花まで用意して。私のことを考えて、私の知らない世界を教えてくれた」
たったこれだけのことで、こんなにも喜んでくれる。
イザベラの言葉にオレの心に灯が点る。
汚く濁った心が、澄んだ光で照らされていく。
イザベラは奥に向かって歩いて行き、窓を開けようとする。
屋敷にはない上げ下げ窓で、苦戦するイザベラが可愛らしい。
彼女の背後から抱き込むような形で、手を貸してやる。
「っ、ちょっと!」
不平を言うイザベラが振り向いた。
勢いで、オレの顎と彼女のおでこが触れあった。
近すぎる距離にイザベラは驚いて、顔を赤くし、「きゃっ」と小さく悲鳴をあげた。
ガタンと窓が上にスライドする。
「ほら、こうやって開けるんです」
窓が開いて、風が吹き込んできた。
逆光の中、イザベラの黒髪が、光りとともに散る。スミレの香りが彼女の髪から広がった。
イザベラは髪を押さえた。
「それならそうと、ひとこと言いなさい」
目を逸らして不満そうに、耳まで真っ赤にして言う彼女。
視線はオレを見ず、窓の外の町並みを見ている。
「……キレイだ」
思わず呟く。
「ええ、キレイね」
イザベラが振り返り、眩しそうにオレを見て笑った。
もしかして、オレに言ってる?
驚いて、イザベラを見る。
イザベラはそんなオレを見て驚いたように目を丸くする。
「もしかしてオレのこと?」
いつものように軽薄に茶化して見せると、イザベラは呆れたように笑った。
「町並みよ」
冷たい声に、心の奥でガッカリとする。
「あなたはいつも綺麗だわ。今更言わなくてもわかってるでしょ」
そう言ったイザベラは、窓から身を乗り出しようにして町を見ていた。
オレはホンワリ心が温かくなる。
嬉しくてそれなのに少しだけ泣きたくて、彼女の隣で同じ景色を見る。
見慣れた猥雑な町並み。
それを、イザベラはキラキラとした目で美しいという。
「ねぇ、あれはなあに?」
イザベラが指差す先を説明する。
「あとで、行ってみましょうか?」
オレが言うとイザベラは嬉しそうに頷いた。
「……デ、デート……も悪くないわね?」
ギクシャクして不自然で、でも、だから愛おしい。
「ええ、悪くはないでしょう?」
オレが笑えば、彼女は素直に微笑んだ。