「そうなの。嫌じゃないなら、同じようにしてもいいかしら」
イザベラが言い、オレは黙って頷いた。気恥ずかしくて、紙に目を落とす。そして口早に願う。
「ついでに『絶望的』って書いてください。ご主人様」
「ええ、いいわ」
イザベラはサラサラと紙に書く。紫色のインクはオレの瞳と同じ色だ。
イザベラが書き終わると、オレもその下に真似をして書いてみる。さっきより上手く書け、思わずイザベラの顔を見上げた。
イザベラは微笑んで頷いた。
「ジャン、あなた上達が早いのね」
そう言って髪を撫でる。俺は思わず目をそらした。それでも口元は緩んでしまう。お腹の中がくすぐったい。耳たぶが熱くなる。触れられた髪がソワソワと揺れ、落ち着かないのに、初めてお腹いっぱい食べたときのような気分だ。
「お腹がいっぱい」
口にしたら、イザベラはキョトンとした。
そして、ああ、と呟いて紙になにかを書いた。
「なんて書いたんですか?」
「『お腹いっぱい』よ」
イザベラは笑った。
オレは胸がキュンと苦しくなる。今の気持ちをイザベラが文字にしてくれた。そして、オレはその気持ちを文字としてみることが出きたのだ。
オレは丁寧に丁寧にその文字を真似た。
真似て何度も繰り返す。
掃きだめで生まれたオレにとって、「お腹がいっぱい」ということは、「幸せ」という意味でもあったから。
「ジャン、本当は勉強熱心なのね」
繰り返し文字を書くオレを見てイザベラは感慨深く呟いた。
オレは急に恥ずかしくなって手を止めた。
「そんなことない」
「そう? ジャン、あなた、これから10日間、毎日私の部屋にきなさい」
イザベラはもう一度そう言った。
オレは黙って頷いた。初めの頃のように茶化したりできなかった。