どこが面白かったとか、ここがわからなかったとか、学のない奴隷が話すのだから、まちがったことも多いだろう。それなのにイザベラは、興味深そうに聞いている。
「……って、盛り上がってるシーンで『ドアの釘ほど死んだ』ってセリフがあって、意味がわからなくてキョトンとした」
「そうなの」
イザベラは興味深そうにオレの話を聞き、テーブルの上にあった詩集を手に取った。繰り返し読んだことがわかる、開き癖のついた本だ。
「それはね、『絶望的』とか『希望がない』っていう意味なのよ」
そうして、詩集の一節を読む。
舞台で歌われていた歌詞と同じだ。しかし、悲壮感漂う男の声と違って、イザベラの歌声は小鳥のようだった。
耳に心地よい。いつまでも聞いていたい。
「この詩集が原点なの」
そうして、その部分をオレに見せる。
「ここにそう書いてあるの?」
「そうよ。この部分が『ドアの釘ほど死んだ』」
オレに詩集を手渡すと、イザベラはテーブルの上に紙をガラスペンのセットを持ってきた。そこに『ドアの釘ほど死んだ』と書く。
「はい、この下にジャンも同じ文字を書いてみて」
オレはイザベラの字をよくよく真似て書く。丁寧で真面目そう、線の細い文字は、まるでピンと張り詰めた糸のようなイザベラに似ていた。
オレの文字はヨレヨレだ。そもそもペンも上手く持てない。
たったこれだけの文字を写すだけで、ドッと疲れる。