「ありがとうございました!」


頭を下げてお客様を送り出す。

そこでやっと一息つくことができた。


ここ、カフェSnow White(スノーホワイト)はわたしの家。

わたしが生まれた年に両親が始めた小さくて静かな隠れ家的なカフェだ。


由来はわたしの名前からみたい。



わたしの名前、白川雪乃(しらかわゆきの)を略して白雪。
グリム童話と一緒。


だからこのカフェはわたしと同い年なんだ。


小さいころから手伝っていて、高校2年生になったいまもほぼ毎日のように手伝っている。



わたしはこのカフェでお父さんとお母さんと一緒に働くことがすごく好きなんだ。

楽しくまったりと今日もカフェSnow Whiteは営業中です。









忙しいお昼時を乗り越えて、お客様がいない時間ができる。


その間にテーブルを拭いたり、ごみをささっと掃いたりして店内を清潔にする。



「ゆきちゃん、休憩入るわね」

「わかった」

「たぶん大丈夫だと思うけど、たくさんお客さんが来たら遠慮なく声かけてね」

「うん」



わたしの返事を聞いてからお母さんはニコッと微笑んで裏のほうに行く。

食器を洗い終わったお父さんもわたしに一声かけてから休憩に入った。


いまはだれもいないから、ゆっくり店内を掃除してからカウンター内に入る。



――カランカラン


「いらっしゃいませ」


ドアベルの高い金属音に反射ですぐにお決まりの言葉が出る。

ドアのほうを見ると、黒いキャップを深くかぶり青のTシャツは濡れて体に貼り付いている若い男の人が立っていた。


雨降ってたんだ。

音小さくて全然気づかなかった。









「何名様ですか?」


近づいて声をかけるも、深くかぶられたキャップで顔はあまり見えない。


「……ひとりです」

「かしこまりました。少々お待ちください」


お客様を待たせすぎるわけにはいかないから、小走りでカウンター内に行き常に置いてあるタオルを3枚くらい持つ。


すぐに戻ってお客様に差し出す。




「どうぞ、お使いください」

「え……いいんですか?」

「はい。しっかり拭いてくださいね。風邪ひいたら大変ですから」


ゆっくりと伸ばされる手の上にタオルを置く。

すごく濡れてるから、長い間外にいたのかな?


きっと寒いよね。

梅雨の時期はジメジメもするし、気持ち悪いはず。



「ありがとうございます」


少しかすれた優しい声。

耳に心地よくて笑顔で返す。









「お席は好きなところに座ってくださいね」


いまはほかにお客様いないし、ちょうどよかったかもしれない。

この方も周りを気にせずに済むもんね。



「はい、ありがとうございます」



再び優しい声でお礼を言ってくれるけど、体をしっかりとタオルで拭いていて動こうとしない。



「お客様……?」

「あ、すみません。店内をこれ以上濡らすわけにはいかないので」


入ってきてあれですけど、なんて苦笑混じりのお客様に思わず笑ってしまった。

心も優しい人なのかな?



「大丈夫ですよ」

「でも……」

「椅子は全てプラスチックなんで濡れても平気です。お気になさらずどうぞ」


そう促すとやっと動いてくれた。

そして真ん中あたりのカウンター席に座った。


少し意外に感じる。

ひとりで来て自分以外にだれもお客様がいなかったら、伸び伸びとできるテーブル席に座ると思ってたから。








「ご注文が決まりましたら、お声がけください」

「あの、ホットコーヒーひとつ。ブラックでお願いします」

「かしこまりました」


注文を受けてからコーヒーの用意をする。

抽出している間にカップに白湯を入れて温める。


抽出できたら、白湯を流してコーヒーを注ぐ。

ふと顔を上げると、キャップをとったお客様の顔がよく見えた。


すごくきれいな顔。

全てのパーツが整っており、バランスよく配置されていてすごくかっこいい。
一度見たらきっと忘れられない。

モテそうだなぁなんて簡単な想像ができる。


だけど、なんだか元気がないように見える。




「こちら、ホットコーヒーとガトーショコラです」

「え?」

「あ、もしかしてガトーショコラお嫌いですか?」

「いや、好きだけど……頼んでないから」







好きならよかった。

ブラックを頼むってことはあまり甘いもの好きじゃないのかもって思ってガトーショコラにしたから。




「こちら、サービスです」



わたしの勘違いだったら申し訳ないけど、やっぱり笑顔でいてほしい。

このお店にいる間でも、ほっとできて癒されてほしいから。




「……ありがとうございます」

「いえ、ゆっくりしてください」


ペコっと軽く会釈をしてからカウンター内に入る。

今度は厨房をピカピカにしようと決めて、布巾で拭いていく。



「……おいしい。これ、おいしいです!」


急に大きな声が聞こえてびっくりして肩が上がり、そちらを見る。

お客様が目を見開いてわたしを見ている。


あまりの勢いとリアクションに我慢できずに小さく吹き出してしまった。