[27歳・・・5月 悠介]

 赤信号で止まると、悠介はラインの返事を確認した。約束は4時で大丈夫らしい。
スマホを閉じると、家を出る前に見た情報番組のことを思い出した。いいや、思い出す・・・というのは正しくなかった。その情報を目にしてからはずっとそのことが頭から離れなかったから。
・・・あいつ・・・熱愛宣言したんだ・・・。

 あの夏。お盆が明けて、初めての部活の日から、奈津は普通に部活に出てきた。普通すぎるくらい普通に。後になって・・・12日の夜、毎年近くの河原で行われる花火大会で奈津が男と2人で歩いてた・・・っていう噂を聞いた。
でも、それだけだった。
夏休み後半に始まる課外授業には、少し伸びていた髪を短めのショートカットにした、いつも通りのはつらつとした奈津がいた。
あいつと同じクラスだった和田と加賀が、突然転校していなくなったあいつのことを時々話題にしていたが、それも長くは続かなかった。
ちょうちん祭りで、奈津が男に手を引っぱられて、そのまま雑踏に消えていったことも、しばらくはサッカー部内でもちきりの噂だったが、それも、10月末に始まる選手権の県予選の頃には、みんなの頭の中から消えていた。

あいつなんて、本当はいなかったのかもしれない・・・。

そんな風に思えた。
日本デビューしたBEST FRIENDSの日本での人気はうなぎ登りだった。夏が終わるまでは、まなみだけが騒いでいたBEST FRIENDSなのに、冬に日本デビューした途端、春が来る頃には、オレの周りでもあっという間にファンが増えていた。母さんまでがジュンが可愛いと言い始めたくらいだ。(ジュンとサッカーをしたことがあるなんて、口が裂けても言えない。まして、ジュンはサッカーが下手くそだった・・・なんて!)
BEST FRIENDSの活躍は目を見張った。
彼らはまるで別世界の住人だった。
だから・・・ずっと、ヒロはヒロとして存在してたんじゃないかって。
ヒロがタムラコウキだったことなんて一度もなかったんじゃないかって・・・。

でも・・・。あの夏から、おれと奈津の関係は確実に変わっていた・・・。もう、夏が始まる前のオレと奈津じゃなくなっていた・・・。
それは、きっと・・・。やっぱり、あの夏。
あいつが居たからなんだ・・・。


[27歳・・・5月 奈津]

 奈津は病院の廊下を更衣室に向かって歩いた。ふと、光射し込む窓の横で立ち止まる。奈津は右手をあげると、その手を光にかざした。2人転びながら繋いでいた手。この手は確かに繋がれていた・・・。奈津はその右手を握りしめ、左手で覆うとギュッと胸に押し当てた。
あの夏から10年・・・時は流れた・・・。

ヒロの熱愛宣言・・・驚いた。言葉が出ないくらい・・・。でも、それはいつか出るって・・・どこか、覚悟していた自分がいた。
そして、ヒロが熱愛宣言を出す前に、奈津は奈津でとっくに決めていた・・・。
ヒロの熱愛宣言があってもなくても、
彼の傍に行こうと・・・。彼の傍で生きていこうと・・・。
そう奈津の気持ちは決まっていた。
今日会ったとき、その意志を彼に告げるつもりだった。
奈津は改めて、右手を強く握りなおす。
そして、大きく息を吐くと、顔を上げ、颯爽と廊下を歩き始めた。

スマホで時間を確認する。もう、3時過ぎだった。待ち合わせまであと1時間もない。更衣室で待ってるまなみがイライラしているに違いない。
奈津は、頬を膨らませると、目の前に彼の顔を思い浮かべた。あの、いつもの笑顔。奈津はそのおでこにデコピンする。
「ったく!マイペースなんだから!いつもの奈津でいいよって簡単に言うけど、こっちは大変なんだぞ。」
そう言って、膨らませた頬のまま1人でクスッと笑った。


[27歳・・・5月 ソウル]

 ドンヒョンはエスプレッソを飲み終わると、
「じゃ、お先!」
と立ちあがった。シャインは雑誌から目を離すと、
「ドンヒョンはこの休暇はどこか旅行でも?それとも、あえて事務所で缶詰?」
とカフェオレを手に訊いた。ドンヒョンはニコッと笑顔になり、
「バルト3国を回る予定。もう手配もしてある!いいだろ~!」
と言った。シャインも「そりゃ、いいなあ。」と羨ましそうに目を輝かせた。ドンヒョンは、その旅行で訪ねたい建物などをいくつかあげた。シャインはフンフンと聞いている。2人はしばらくその旅行の話に花を咲かせた。そして、それが一段落して、その場を立ち去ろうとしたドンヒョンは、ふと何かを思い出し、ちょっと困ったような呆れたような顔をして、ぼそっとシャインにつぶやいた。
「そういや、昼前の便でジュンとヨンミンが日本に発ったぞ。3泊してくるって。」
そして、肩をすくめた。それを聞くと、カフェオレを口にしていたシャインが軽くむせた。それこそ、今曲作りに取りかかっていて、昨日から作業室で缶詰のシャインは、メンバーたちの休暇の動向について詳しく把握していなかった。
カップを置いて、シャインはドンヒョンと顔を見合わせた。それから、
「日本!!まったく、あいつら懲りないなあ・・・。また、ヒロに怒られるぞ。ほんっと、しらないからな・・・。」
と、シャインは紙ナプキンで口元をふきながらそう言った。言いながら、なぜだか、プッと笑いがこみあげてきた。ドンヒョンもおでこに手をやると、クスクスと笑い出した。
なぜなら・・・、ジュンとヨンミン、全く反省の色無し!の2人を相手に、暖簾に腕押し状態で、顔を真っ赤にして一生懸命怒っているヒロの顔が、その時同時に、ドンヒョンとシャインの頭に思い浮かんできたから・・・。