「あの・・・。」
二人は同時に声を出した。コウキは照れたように下を向いてから、手を差し出して、『奈津から言って。』とジェスチャーをした。奈津は胸に手をやり、もう一度、
「あの・・・。」
と言いかけた。でも、訊きたい言葉が喉から上にどうしても上がってこなかった。奈津は一呼吸おくと、
「コウキからどうぞ!」
とコウキの方に促した。促されて、コウキは奈津の顔を見る。
「えっと、じゃあ・・・。前に約束した日・・・いつがいい?」
言いながら、コウキの胸がズキン・・・とする。
「13日は午前中に家を出るから・・・。その前に丸1日奈津と過ごしたい・・・。」
『13日』と言葉にすると、暑いのに、なぜか体が震える。右手で自分の左手の腕を掴むと、奈津に分からないように震えを止める・・・。奈津はコウキの顔を見た。一瞬の沈黙が流れる。沈黙を壊すように奈津は胸の前で両手をパチン!と合わせた。
「やった!1日デートよね!もう、日にちは決めてたんよ!あさって12日!」
「出発の前の日だけどわがまま言っていい?」
コウキの楽しい思い出の1コマとして残したい。そんな奈津の渾身の演技だった。
「もちろん・・・。」
コウキは自然に見えるように配慮しながら、左手でも右手を掴み、自分の体を抱きしめるようにした。
「その日は部活休むからね!」
そう言って奈津は歩き始めた。今日は、歩いて公園に行く予定だ。コウキもその後ろをついて歩き始めた。『奈津・・・笑ってる・・・。』奈津の笑顔に応えるように、コウキは動揺する自分の気持ちを立て直す。
「奈津の行きたいところに行こう!映画?ショッピング?」
前を歩く奈津にコウキは明るく提案する。
「遊園地は?絶叫マシーンに二人で乗って、奈津に抱きついてもらう!」
軽くジョークを言ったりする。奈津が冗談っぽく怒るように。わざと。
「あ~、でも、暑いから、海とか、プールとかいいかも!奈津のビキニとかサイコー!!」
反応の返ってこない奈津に、コウキがまたジョークを入れる。奈津の歩みが止まる。
「・・・ふざけんで。」
ほらきた!コウキは身構える。振り向いた奈津が手を挙げてこっちに向かってくるに違いなかった。『何考えてんの!』とか言って・・・。
奈津もそうするつもりだった。『もう!やらしいんだから!』って、コウキを軽く叩いて、そうやって二人でふざけ合って笑うつもりだった・・・。それなのに・・・。
「わたしが抱きついたり、わたしがビキニだったりしたら本当は困るくせに・・・。」
口をついて出たのは違う言葉だった。
「期間限定で、しかも子どもっぽい相手なんかに、どうせコウキは何もしたりしないでしょ。そうじゃない人にはするんだろうけど!」
奈津の口が勝手に動く。
今までの、楽しい思い出にするための演技が全部、一瞬でパーになる。
さっき言えなかった『あの・・・。』の続きは、『スキャンダルのこと訊いてもいい?』だった。物わかりのいいわたしとして、コウキの口から冷静に聞くつもりだった。それなのに、なんで、わたしは今、こんなに駄々っ子のような、拗ねた子どものような態度をとっているんだろう・・・?まるで「なんであの人にはキスして、わたしにはしないの?」って言ってるみたい・・・。ううん・・・明らかにそう言ってる・・・。顔から火が出るくらい恥ずかしい。
ほら、コウキが呆れてびっくりした顔をしている・・・。奈津はプイッとコウキに背を向けると早歩きで公園の方角に向かい始めた。コウキの気配を感じる・・・。コウキは何も言わず、ちゃんと後ろをついてきてくれていた。
『期間限定で、しかも子どもっぽい相手なんかに、どうせコウキは何もしたりしないでしょ。』
奈津の言葉が胸に刺さる・・・。違う・・・。
子どもっぽい?眩しくて、直視できないこともあるのに?
奈津を思わず連れ去った日。会いたくて、会いたくて、やっと会えたあの日。奈津を腕の中に捕まえて、抱きしめて、そして、頬を包んだ・・・。自然とキスへの流れになる。奈津の唇に自分の唇を重ねようと顔を近づけた。奈津もそれを許してくれている・・・。でも、唇が触れる寸前、ぼくはそれを止めた・・・。しなかったんじゃない。できなかったんだ。奈津と離れて、元いた自分の世界に帰って行くそんなぼくに、キスする資格なんかない気がして。奈津は・・・ぼくの大切な人だから・・・。
昨日も・・・。奈津は昨日のことを思い出した。缶ジュースを渡した手がコウキの手に触れたとき、わたしの手はコウキの手に強く引っぱられた。思わずよろけて畳の上に肘をつくと、そのままわたしの肩はコウキの両手で畳の上に押さえつけられた・・・。コウキの顔が近づく。心臓が壊れそうなくらい鼓動が速くなる。目をギュッとつぶる・・・。・・・でも、唇には何も触れなかった。
「ごめん・・・。びっくりさせた・・・。」
耳元でそう聞こえると、奈津はコウキに起こされていた。
「外で・・・過ごそう。」
奈津の顔を見ないまま、コウキはそう言った・・・。
コウキ・・・ううん、あれはヒロ。あんなセクシーな表情をするヒロから見れば、初恋で浮かれているようなわたしは幼稚で、あんな状況でも、キスをする対象にもならない・・・。あの女優さんみたいに色っぽい大人の女性じゃないと、きっと、あんな写真のようなキスはしない・・・。
『そうじゃない人にはするんだろうけど!』
あの写真のこと言ってる?奈津もあの写真信じる・・・?
ぼくのキスは・・・あの青い月の下、奈津にしたのが初めてだよ・・・。
心の中がすれ違ったまま、二人は歩く。何か言いたいのに、言い出す最初の言葉がお互い見つからない。奈津は後ろにいるコウキの気配を感じながら歩く・・・。コウキは奈津の後ろ姿を見ながら歩く・・・。
しばらくそのまま気まずい無言の状態が続いた。駅に続く通りに近づいた頃だろうか。ふいに奈津の動きに変化が出てきた。なんだか奈津が道路の反対側の歩道を気にしている。コウキが不思議に思い始めたその次の瞬間。
「コウキ!!」
突然、奈津がコウキに向かって走ってきた。そして、コウキのTシャツを掴むようにしてその背中に隠れた。え、あんなに気まずかったのにどうした???急に何ごと???
「さっき冷たくしたから、あの二人が怒って追いかけてきたのかも!」
奈津が訳の分からないことを言う。コウキがキョロキョロすると、それは居た。反対側の歩道に「やばい。」というオーラを出しながら、電柱の後ろに隠れている二人が・・・。
「ヤー!ウェ ヨギ イッソ?」【おい!なんで、ここにいるんだよ。】
コウキが向こう側の歩道に向かって大きな声で何か言った。どうも怒っているらしい。二人は電柱の陰からそそくさと出てくると、相変わらずの怪しい格好でバツが悪そうに二人して頭をかいていた。
~ここから【 】は実際は韓国語で話しています。~
道路を挟んで向こうとこっちで話す3人。
【家で待ってろって言っただろ!】
とコウキ。
【どんな子かどうしても見たかったんだもん。】
と柄の洋服の人。
【ごめんなさい・・・】
とスウェットの人。
コウキは背中に隠れている奈津に
「大丈夫。怖くない。ごめん。絶対に来るなって念を押して出てきたのに、後をつけてきてたみたい・・・。」
と言うと、手で顔を覆い、「ハアー。」と大きくため息をついた。ちょうど二人が走って道路を渡ってきた所だった。奈津とコウキに近づいて来る。コウキの前に来た二人は、マスクとサングラスをとった。奈津は、コウキの背中から恐る恐る顔を出した。
「これ、ジュンとヨンミン。」
コウキがため息まじりに奈津に紹介した。それは、奈津もよく知っている名前だった。え?もしかして、まなみがよく連呼してるあの名前・・・?
気まずいのも忘れて、びっくり顔の奈津と呆れ顔のコウキはしばらく顔を見合わせた・・・。
二人は同時に声を出した。コウキは照れたように下を向いてから、手を差し出して、『奈津から言って。』とジェスチャーをした。奈津は胸に手をやり、もう一度、
「あの・・・。」
と言いかけた。でも、訊きたい言葉が喉から上にどうしても上がってこなかった。奈津は一呼吸おくと、
「コウキからどうぞ!」
とコウキの方に促した。促されて、コウキは奈津の顔を見る。
「えっと、じゃあ・・・。前に約束した日・・・いつがいい?」
言いながら、コウキの胸がズキン・・・とする。
「13日は午前中に家を出るから・・・。その前に丸1日奈津と過ごしたい・・・。」
『13日』と言葉にすると、暑いのに、なぜか体が震える。右手で自分の左手の腕を掴むと、奈津に分からないように震えを止める・・・。奈津はコウキの顔を見た。一瞬の沈黙が流れる。沈黙を壊すように奈津は胸の前で両手をパチン!と合わせた。
「やった!1日デートよね!もう、日にちは決めてたんよ!あさって12日!」
「出発の前の日だけどわがまま言っていい?」
コウキの楽しい思い出の1コマとして残したい。そんな奈津の渾身の演技だった。
「もちろん・・・。」
コウキは自然に見えるように配慮しながら、左手でも右手を掴み、自分の体を抱きしめるようにした。
「その日は部活休むからね!」
そう言って奈津は歩き始めた。今日は、歩いて公園に行く予定だ。コウキもその後ろをついて歩き始めた。『奈津・・・笑ってる・・・。』奈津の笑顔に応えるように、コウキは動揺する自分の気持ちを立て直す。
「奈津の行きたいところに行こう!映画?ショッピング?」
前を歩く奈津にコウキは明るく提案する。
「遊園地は?絶叫マシーンに二人で乗って、奈津に抱きついてもらう!」
軽くジョークを言ったりする。奈津が冗談っぽく怒るように。わざと。
「あ~、でも、暑いから、海とか、プールとかいいかも!奈津のビキニとかサイコー!!」
反応の返ってこない奈津に、コウキがまたジョークを入れる。奈津の歩みが止まる。
「・・・ふざけんで。」
ほらきた!コウキは身構える。振り向いた奈津が手を挙げてこっちに向かってくるに違いなかった。『何考えてんの!』とか言って・・・。
奈津もそうするつもりだった。『もう!やらしいんだから!』って、コウキを軽く叩いて、そうやって二人でふざけ合って笑うつもりだった・・・。それなのに・・・。
「わたしが抱きついたり、わたしがビキニだったりしたら本当は困るくせに・・・。」
口をついて出たのは違う言葉だった。
「期間限定で、しかも子どもっぽい相手なんかに、どうせコウキは何もしたりしないでしょ。そうじゃない人にはするんだろうけど!」
奈津の口が勝手に動く。
今までの、楽しい思い出にするための演技が全部、一瞬でパーになる。
さっき言えなかった『あの・・・。』の続きは、『スキャンダルのこと訊いてもいい?』だった。物わかりのいいわたしとして、コウキの口から冷静に聞くつもりだった。それなのに、なんで、わたしは今、こんなに駄々っ子のような、拗ねた子どものような態度をとっているんだろう・・・?まるで「なんであの人にはキスして、わたしにはしないの?」って言ってるみたい・・・。ううん・・・明らかにそう言ってる・・・。顔から火が出るくらい恥ずかしい。
ほら、コウキが呆れてびっくりした顔をしている・・・。奈津はプイッとコウキに背を向けると早歩きで公園の方角に向かい始めた。コウキの気配を感じる・・・。コウキは何も言わず、ちゃんと後ろをついてきてくれていた。
『期間限定で、しかも子どもっぽい相手なんかに、どうせコウキは何もしたりしないでしょ。』
奈津の言葉が胸に刺さる・・・。違う・・・。
子どもっぽい?眩しくて、直視できないこともあるのに?
奈津を思わず連れ去った日。会いたくて、会いたくて、やっと会えたあの日。奈津を腕の中に捕まえて、抱きしめて、そして、頬を包んだ・・・。自然とキスへの流れになる。奈津の唇に自分の唇を重ねようと顔を近づけた。奈津もそれを許してくれている・・・。でも、唇が触れる寸前、ぼくはそれを止めた・・・。しなかったんじゃない。できなかったんだ。奈津と離れて、元いた自分の世界に帰って行くそんなぼくに、キスする資格なんかない気がして。奈津は・・・ぼくの大切な人だから・・・。
昨日も・・・。奈津は昨日のことを思い出した。缶ジュースを渡した手がコウキの手に触れたとき、わたしの手はコウキの手に強く引っぱられた。思わずよろけて畳の上に肘をつくと、そのままわたしの肩はコウキの両手で畳の上に押さえつけられた・・・。コウキの顔が近づく。心臓が壊れそうなくらい鼓動が速くなる。目をギュッとつぶる・・・。・・・でも、唇には何も触れなかった。
「ごめん・・・。びっくりさせた・・・。」
耳元でそう聞こえると、奈津はコウキに起こされていた。
「外で・・・過ごそう。」
奈津の顔を見ないまま、コウキはそう言った・・・。
コウキ・・・ううん、あれはヒロ。あんなセクシーな表情をするヒロから見れば、初恋で浮かれているようなわたしは幼稚で、あんな状況でも、キスをする対象にもならない・・・。あの女優さんみたいに色っぽい大人の女性じゃないと、きっと、あんな写真のようなキスはしない・・・。
『そうじゃない人にはするんだろうけど!』
あの写真のこと言ってる?奈津もあの写真信じる・・・?
ぼくのキスは・・・あの青い月の下、奈津にしたのが初めてだよ・・・。
心の中がすれ違ったまま、二人は歩く。何か言いたいのに、言い出す最初の言葉がお互い見つからない。奈津は後ろにいるコウキの気配を感じながら歩く・・・。コウキは奈津の後ろ姿を見ながら歩く・・・。
しばらくそのまま気まずい無言の状態が続いた。駅に続く通りに近づいた頃だろうか。ふいに奈津の動きに変化が出てきた。なんだか奈津が道路の反対側の歩道を気にしている。コウキが不思議に思い始めたその次の瞬間。
「コウキ!!」
突然、奈津がコウキに向かって走ってきた。そして、コウキのTシャツを掴むようにしてその背中に隠れた。え、あんなに気まずかったのにどうした???急に何ごと???
「さっき冷たくしたから、あの二人が怒って追いかけてきたのかも!」
奈津が訳の分からないことを言う。コウキがキョロキョロすると、それは居た。反対側の歩道に「やばい。」というオーラを出しながら、電柱の後ろに隠れている二人が・・・。
「ヤー!ウェ ヨギ イッソ?」【おい!なんで、ここにいるんだよ。】
コウキが向こう側の歩道に向かって大きな声で何か言った。どうも怒っているらしい。二人は電柱の陰からそそくさと出てくると、相変わらずの怪しい格好でバツが悪そうに二人して頭をかいていた。
~ここから【 】は実際は韓国語で話しています。~
道路を挟んで向こうとこっちで話す3人。
【家で待ってろって言っただろ!】
とコウキ。
【どんな子かどうしても見たかったんだもん。】
と柄の洋服の人。
【ごめんなさい・・・】
とスウェットの人。
コウキは背中に隠れている奈津に
「大丈夫。怖くない。ごめん。絶対に来るなって念を押して出てきたのに、後をつけてきてたみたい・・・。」
と言うと、手で顔を覆い、「ハアー。」と大きくため息をついた。ちょうど二人が走って道路を渡ってきた所だった。奈津とコウキに近づいて来る。コウキの前に来た二人は、マスクとサングラスをとった。奈津は、コウキの背中から恐る恐る顔を出した。
「これ、ジュンとヨンミン。」
コウキがため息まじりに奈津に紹介した。それは、奈津もよく知っている名前だった。え?もしかして、まなみがよく連呼してるあの名前・・・?
気まずいのも忘れて、びっくり顔の奈津と呆れ顔のコウキはしばらく顔を見合わせた・・・。