7月のソウルの宵の口は、昼間のうちに十分すぎるくらい熱せられた空気と、道路を行き交う人々の熱気が合わさり、少しも涼しくなる気配を見せなかった。C・Yエンターテインメントの会議室では、高めに温度設定されたクーラーがフル稼働しているのにも関わらず、テーブルを囲んでいる10名余りの人たちの額にはうっすら汗がにじんでいた。テーブルを囲んでいるのは、BEST FRIENDSのヒロを除いたメンバー6人とマネージャー、C・Yエンターテインメントの社員2人、そして、企画会社の担当3人だった。12人は頭をつきあわせて、来月8月に行われる日本でのファンミーティングの内容を詰めていた。内用を詰めている・・・と言っても、話をしているのは、ほとんど企画会社の人だった。ファンミーティングの話し合いは、いつもはもっといろんなアイディアや意見が飛び交い、活気づいているのに、今日のBEST FRIENDSのメンバーたちは口数も少なく静かだった。昨日の「星降る夜の誘惑」映画制作発表会でのチョン・ヨンアの発言の余波が、今朝からいろんな形でC・Yエンターテインメントを襲っていた。BEST FRIENDSのメンバーたちにもすでに暗い影のように、様々な情報が降りかかってきていた。
「こんな状態で、ぼくたちが行ってもいいんですか・・・?」
アイドルのスキャンダルなどに振り回される訳にはいかないらしく、ただただ自分たちの会社の遂行すべきことを、淡々と推し進めていく企画会社の人を制し、たまらずリーダーのドンヒョンが口を挟んだ。
「日本でファンミを行うことは、もう前から決定していることなんで、何があっても決行してもらいます。もちろんヒロさん抜きで企画してあるので、その点は大丈夫です。」
企画会社の人は意思を持たないアンドロイドのように事務的に答えると、再び話を進め始めた。
「ファンの皆さんに失礼じゃないですか?ファンのみんなはいろんな報道に胸を痛めています。特にヒロのファンは・・・。」
最年長のジニが口を開き、ここまで話した時、バン!!とテーブルを叩く音がした。
「好き勝手言いやがって、あの女!」
ヒロと同じ歳のジュンだった。
「ジュン、やめろ。今、それは関係ない。それに、あの女(ひと)は台詞を言っただけだろ。周りが勝手にないこともあるように言ってるだけだよ。」
ジュンの隣に座っているシャープがいつもの無気力な調子で、でも、強めの口調で制した。
「分かってる!!分かってるって!!じゃあ、ヒロは何してんだよ!こんな状況で呑気にダンスのレッスンかよ!!いったい全体、あいつ、どこに」
「黙れ!!」
ジュンの言葉をドンヒョンが止めた。BEST FRIENDSのメンバーはみんな苛立っていた。ヒロの居場所が未だ分からないことに。そして、こんなに心配しているのにも関わらず、ヒロが何の聯絡もしてこないことに・・・。でも、ここには、C・Yエンターテインメントの社員ではない外部の人間もいる。ヒロの居場所が分からないことを気づかれる訳にはいかなかった。
「あ・・・・。」
ジュンもそれに気づくと口をつぐんだ。BEST FRIENDSのメンバーとC・Yエンターテインメントの社員たちの間に重苦しい空気が流れる・・・。その時だった。ガチャン。
会議室のドアが開いた。細身のグレーのスーツを着たユン・ヒョンソプ代表が静かに入ってきた。柔らかい物腰とは裏腹に、その表情は険しかった。
「ファンミの話し合いはまた日を改めてもらう。今日は終了!あとは、わたしとメンバーたちだけにしてくれ。」
その静かだが、どこか有無を言わせない声の調子に、企画会社の3人は顔を見合わせた。そして、そのアンドロイドのような3人は、自分の前に広げた書類をそそくさと片付けると席を立ち、そのまま会議室を後にした。それに続き、C・Yエンターテインメントの社員たちも、メンバーたちをチラチラ見ながら心配げな表情を見せると会議室を出ていった。残ったのは、BEST FRIENDSのメンバーと代表だけだった。クーラーの設定温度は変わらないはずなのに、先ほどまでとは違って、ひんやりとした空気が部屋に充満する・・・。代表が口を開いた。
「昨日、夜遅く、ヒロから返事をもらった。」
それまで虚ろな表情で、椅子に体を預けるように座っていたメンバーたちは、ガバッと前のめりに体を起こすと、代表に視線を向けた。そして、何を言うのか、その動向を固唾をのんで見守った。。
「BEST FRIENDSに戻って、また1からお前たちとやっていきたい・・・ヒロはそう言った。それが、この3ヶ月であいつが出した答えだ。」
「ヨッシャー!!!」
代表の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、6人は立ちあがって、ガッツポーズをしたり、抱き合ったりして飛び跳ねた。ずっと、ヒロに怒っている素振りしか見せていなかったはずのジュンも、安堵で顔のほころびが止められなかった。いつも感情を出さないシャープさえも目を潤ませていた。
「しかし!!」
代表が騒ぎに渇を入れるように大きな声を出した。
「それは昨日の話だ。今日になって、ずっとヒロと連絡がつかない。電源が切られたままだ・・・。もしかしたら、自分の報道を目にしてしまったのかもしれない・・・。情報から離れたいと言って、スマホは持ってないはずなんだが・・・。」
代表の言葉に、6人のお祭り騒ぎがサーッと潮が引くように静かになった・・・。
「ヒロに・・・また、強烈なカウンターパンチきたもんな・・・」
シャインが眉をハの字に寄せて困惑の表情を見せると、絞り出すように言った。
「女癖がどうとかこうとか、ヒロと真反対の人格が勝手に一人歩きしてる・・・。」
ジニはそう言った後、悔しそうに唇を噛んだ。
「は?大体、あいつ、奥手だろ!ちゃんとした恋愛する前にデビューしたもんだから、女の扱い分かってねーもん。好きな子できても、キスなんてもちろん、触れることさえできないかも~って冗談言って笑ってたぞ・・・。情報操作ってすげーよな!!」
ジュンが半分キレたように、半分呆れたように言い放った。陰鬱な空気がクーラーの機械音と共に部屋に流れる。そのブーという低い微量のクーラーの音とコラボでもするように、代表が小さくつぶやいた。
「来月、お前たち日本だったな・・・。」
代表はそう言って、しばらく下を向いた。そして、意を決したように顔を上げると、はっきりとこう言った。
「ヒロは・・・アメリカには行っていない。ヒロ・・・あいつは今、日本にいる。」
月の明かりが玄関を照らす。座っていた人影は、立ちあがるとこちらに体を向けた。奈津はそれが誰だか分かると心臓を掴まれるような痛みを覚え、足もすくんだ。そして、右手に持っていた鞄も知らず知らずのうちにを落としてしまっていた。
「コウキ・・・」
月に照らされて青く縁取られて見えるコウキが、ゆっくり一歩こちらに近づいた。
「なんでここにいるの?」
奈津はそれ以上こっちに来ないで・・・というニュアンスも含めながら声を出した。コウキは立ち止まると、
「奈津を・・・奈津を傷つけた。ごめん・・・。」
と言った。
「わざわざ謝るために?それなら、ありがとう。でも、もう大丈夫。『お前最低!』とか言われて頭に血が上って変なこと言ったかもしれないけど、気にしないで。わたしが言ったことに特に深い意味なんてないから。」
奈津は鞄を拾い上げながら、早口で淡々と話した。いや、そう話すよう努めた。でもきっと・・・、誰が聞いても小刻みに声が震えていた・・・。
「奈津が・・・好きって言った・・・。」
コウキが静かにそっと言った。その言葉を聞いて、奈津は耳まで赤くなるのが分かった・・・。奈津は懸命にコウキを見ようとした。でも、斜め後ろからコウキを照らす月は、コウキの表情までは照らしてくれてはいなかった。
「それ信じたの・・・?そうよ!手玉に取るの楽しいから・・・。どうせ、さっきの悠介とのこと見て、『またやってる。こいつ最低!』とか思ったんでしょ。どうぞ好きにわたしを軽蔑すれば?そんなの全然大丈夫だから。だって、わたしもコウキのことなんて大嫌い・・・」
そこまで言って、奈津の口はふさがれた。頬は大きくて温かい手に包まれていた。今、自分の口をふさいだのはコウキの唇だったと、コウキの唇が離れ、鼻と鼻がぶつかってから分かった・・・。頬を包むコウキの手が震えている・・・。その震える手も離れるとコウキは自分の右手で自分の口を覆った・・・。
「ごめん・・・。ぼく・・・。」
再び鞄を落とした奈津も、自分の両手で自分の口を覆った・・・。青い月の光が二人を優しく包む・・・。静寂さえも二人を温かく見守っているようだった・・・。永遠というものがあるとしたら、今のこの瞬間をずっと漂っていたかった・・・。ああ、やっぱり好きだ・・・。わたしは、この人が大好きだ・・・。
「奈津・・・」
コウキの透き通った声が奈津の名前を呼んだ。その声を聞いた途端、奈津の目から大きな涙の粒が溢れ出てきた。そして、奈津はいつかの汽車の中でそうしたように両手で顔を覆って泣き出してしまった。
「え・・・奈津!?わ・・・ごめん!ぼく、急にキスした・・・」
そして、あの時のように、奈津の涙に驚いたコウキはあたふたし始めた・・・。その時だった・・・。不意に眩しいライトが二人を照らした。・・・明るく照らす光の中、無防備すぎる二人は、その接近した体勢のまま、思わずそちらを振り向いてしまっていた・・・。
「こんな状態で、ぼくたちが行ってもいいんですか・・・?」
アイドルのスキャンダルなどに振り回される訳にはいかないらしく、ただただ自分たちの会社の遂行すべきことを、淡々と推し進めていく企画会社の人を制し、たまらずリーダーのドンヒョンが口を挟んだ。
「日本でファンミを行うことは、もう前から決定していることなんで、何があっても決行してもらいます。もちろんヒロさん抜きで企画してあるので、その点は大丈夫です。」
企画会社の人は意思を持たないアンドロイドのように事務的に答えると、再び話を進め始めた。
「ファンの皆さんに失礼じゃないですか?ファンのみんなはいろんな報道に胸を痛めています。特にヒロのファンは・・・。」
最年長のジニが口を開き、ここまで話した時、バン!!とテーブルを叩く音がした。
「好き勝手言いやがって、あの女!」
ヒロと同じ歳のジュンだった。
「ジュン、やめろ。今、それは関係ない。それに、あの女(ひと)は台詞を言っただけだろ。周りが勝手にないこともあるように言ってるだけだよ。」
ジュンの隣に座っているシャープがいつもの無気力な調子で、でも、強めの口調で制した。
「分かってる!!分かってるって!!じゃあ、ヒロは何してんだよ!こんな状況で呑気にダンスのレッスンかよ!!いったい全体、あいつ、どこに」
「黙れ!!」
ジュンの言葉をドンヒョンが止めた。BEST FRIENDSのメンバーはみんな苛立っていた。ヒロの居場所が未だ分からないことに。そして、こんなに心配しているのにも関わらず、ヒロが何の聯絡もしてこないことに・・・。でも、ここには、C・Yエンターテインメントの社員ではない外部の人間もいる。ヒロの居場所が分からないことを気づかれる訳にはいかなかった。
「あ・・・・。」
ジュンもそれに気づくと口をつぐんだ。BEST FRIENDSのメンバーとC・Yエンターテインメントの社員たちの間に重苦しい空気が流れる・・・。その時だった。ガチャン。
会議室のドアが開いた。細身のグレーのスーツを着たユン・ヒョンソプ代表が静かに入ってきた。柔らかい物腰とは裏腹に、その表情は険しかった。
「ファンミの話し合いはまた日を改めてもらう。今日は終了!あとは、わたしとメンバーたちだけにしてくれ。」
その静かだが、どこか有無を言わせない声の調子に、企画会社の3人は顔を見合わせた。そして、そのアンドロイドのような3人は、自分の前に広げた書類をそそくさと片付けると席を立ち、そのまま会議室を後にした。それに続き、C・Yエンターテインメントの社員たちも、メンバーたちをチラチラ見ながら心配げな表情を見せると会議室を出ていった。残ったのは、BEST FRIENDSのメンバーと代表だけだった。クーラーの設定温度は変わらないはずなのに、先ほどまでとは違って、ひんやりとした空気が部屋に充満する・・・。代表が口を開いた。
「昨日、夜遅く、ヒロから返事をもらった。」
それまで虚ろな表情で、椅子に体を預けるように座っていたメンバーたちは、ガバッと前のめりに体を起こすと、代表に視線を向けた。そして、何を言うのか、その動向を固唾をのんで見守った。。
「BEST FRIENDSに戻って、また1からお前たちとやっていきたい・・・ヒロはそう言った。それが、この3ヶ月であいつが出した答えだ。」
「ヨッシャー!!!」
代表の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、6人は立ちあがって、ガッツポーズをしたり、抱き合ったりして飛び跳ねた。ずっと、ヒロに怒っている素振りしか見せていなかったはずのジュンも、安堵で顔のほころびが止められなかった。いつも感情を出さないシャープさえも目を潤ませていた。
「しかし!!」
代表が騒ぎに渇を入れるように大きな声を出した。
「それは昨日の話だ。今日になって、ずっとヒロと連絡がつかない。電源が切られたままだ・・・。もしかしたら、自分の報道を目にしてしまったのかもしれない・・・。情報から離れたいと言って、スマホは持ってないはずなんだが・・・。」
代表の言葉に、6人のお祭り騒ぎがサーッと潮が引くように静かになった・・・。
「ヒロに・・・また、強烈なカウンターパンチきたもんな・・・」
シャインが眉をハの字に寄せて困惑の表情を見せると、絞り出すように言った。
「女癖がどうとかこうとか、ヒロと真反対の人格が勝手に一人歩きしてる・・・。」
ジニはそう言った後、悔しそうに唇を噛んだ。
「は?大体、あいつ、奥手だろ!ちゃんとした恋愛する前にデビューしたもんだから、女の扱い分かってねーもん。好きな子できても、キスなんてもちろん、触れることさえできないかも~って冗談言って笑ってたぞ・・・。情報操作ってすげーよな!!」
ジュンが半分キレたように、半分呆れたように言い放った。陰鬱な空気がクーラーの機械音と共に部屋に流れる。そのブーという低い微量のクーラーの音とコラボでもするように、代表が小さくつぶやいた。
「来月、お前たち日本だったな・・・。」
代表はそう言って、しばらく下を向いた。そして、意を決したように顔を上げると、はっきりとこう言った。
「ヒロは・・・アメリカには行っていない。ヒロ・・・あいつは今、日本にいる。」
月の明かりが玄関を照らす。座っていた人影は、立ちあがるとこちらに体を向けた。奈津はそれが誰だか分かると心臓を掴まれるような痛みを覚え、足もすくんだ。そして、右手に持っていた鞄も知らず知らずのうちにを落としてしまっていた。
「コウキ・・・」
月に照らされて青く縁取られて見えるコウキが、ゆっくり一歩こちらに近づいた。
「なんでここにいるの?」
奈津はそれ以上こっちに来ないで・・・というニュアンスも含めながら声を出した。コウキは立ち止まると、
「奈津を・・・奈津を傷つけた。ごめん・・・。」
と言った。
「わざわざ謝るために?それなら、ありがとう。でも、もう大丈夫。『お前最低!』とか言われて頭に血が上って変なこと言ったかもしれないけど、気にしないで。わたしが言ったことに特に深い意味なんてないから。」
奈津は鞄を拾い上げながら、早口で淡々と話した。いや、そう話すよう努めた。でもきっと・・・、誰が聞いても小刻みに声が震えていた・・・。
「奈津が・・・好きって言った・・・。」
コウキが静かにそっと言った。その言葉を聞いて、奈津は耳まで赤くなるのが分かった・・・。奈津は懸命にコウキを見ようとした。でも、斜め後ろからコウキを照らす月は、コウキの表情までは照らしてくれてはいなかった。
「それ信じたの・・・?そうよ!手玉に取るの楽しいから・・・。どうせ、さっきの悠介とのこと見て、『またやってる。こいつ最低!』とか思ったんでしょ。どうぞ好きにわたしを軽蔑すれば?そんなの全然大丈夫だから。だって、わたしもコウキのことなんて大嫌い・・・」
そこまで言って、奈津の口はふさがれた。頬は大きくて温かい手に包まれていた。今、自分の口をふさいだのはコウキの唇だったと、コウキの唇が離れ、鼻と鼻がぶつかってから分かった・・・。頬を包むコウキの手が震えている・・・。その震える手も離れるとコウキは自分の右手で自分の口を覆った・・・。
「ごめん・・・。ぼく・・・。」
再び鞄を落とした奈津も、自分の両手で自分の口を覆った・・・。青い月の光が二人を優しく包む・・・。静寂さえも二人を温かく見守っているようだった・・・。永遠というものがあるとしたら、今のこの瞬間をずっと漂っていたかった・・・。ああ、やっぱり好きだ・・・。わたしは、この人が大好きだ・・・。
「奈津・・・」
コウキの透き通った声が奈津の名前を呼んだ。その声を聞いた途端、奈津の目から大きな涙の粒が溢れ出てきた。そして、奈津はいつかの汽車の中でそうしたように両手で顔を覆って泣き出してしまった。
「え・・・奈津!?わ・・・ごめん!ぼく、急にキスした・・・」
そして、あの時のように、奈津の涙に驚いたコウキはあたふたし始めた・・・。その時だった・・・。不意に眩しいライトが二人を照らした。・・・明るく照らす光の中、無防備すぎる二人は、その接近した体勢のまま、思わずそちらを振り向いてしまっていた・・・。