菫さんは私がなんの苦労もしていないと思っているのかもしれないが、それは違う。うまくいっているように見えるだけだ。


「……なにもかも恵まれてる? 順風満帆? そんな人がどこにいるの……」


暗い声でぼそぼそ呟く私を、菫さんの無気力な瞳が捉える。


「私たちは恋愛結婚じゃない。政略的に一緒になって一年間はずっと片想いのまま、寝室も別で家政婦ロボットって呼ばれて、離婚届まで書いた私の人生が順風満帆だと思いますか!?」


徐々に憤りを露わにしてまくし立てると、菫さんは驚いたように目をしばたたかせる。


「り、離婚……!?」
「そうですよ、妊娠していなければお別れしてたかもしれませんね、はは」


思い返せばなかなかしょっぱいことばかりで、私は自嘲して渇いた笑いをこぼした。

離婚は回避して距離も縮められたけれど、幸せな今でも苦しいことはある。


「それに……私は慧さんが見えている世界を完璧に理解してあげられない」


心に秘めていたものを我慢できずに吐露すると、菫さんは目を見張った。


「きっと一生、どれだけ一緒にいてもわからない。私はそれが、なによりもつらいです」


言いながら、瞳に熱い膜が張って視界がぼやけていく。