雪と少女と執事と令嬢

工場を離れた後、私達は街に来ていた。
スウが口を開く。
「お屋敷に向かう前に、まず服を買いましょうか!
良い店を見つけております!さあ、向かいましょう!」
と何故か異様にテンションが高いスウに手を引かれるまま、店に誘導された。
扉を開けてもらって、中に入ると、そこは、この辺りで一番の服屋と思われるようなラインナップで、すぐそばの名札が目に入った。
「え…高い…私の給料で買える服じゃないです…これ、街に時々遊びにくる貴族用の店じゃないですか…別の店にしませんか?」
と目を伏せながらスウの方をみると、もうすでにいくつか服を持って私に合わせていた…
「心配いりませんよ!ガヤ様から許可は頂いていますし、シルビアさんはその貴族の屋敷で働くのです。相応しい格好をしなくてはなりません。」
それを聞いて、その通りだと思った。
続けて、
「如何ですか?このワンピース?シルビアさんの髪の色によくお似合いです!さぁ試着してきてください。」
と試着室に半ば強引に押し込まれてしまった。
着替えて前の青いボタンをしめてみると、胸の部分が白で下に行くほど水色のグラデーションのようなワンピースだった。私にはもったいないくらい美しくて、着心地もとてもいい…首元には、白いリボンがあるが、結び方がわからない…落ちたりはしそうにないし、飾りだろうと思い、カーテンを開けると
少し顔を染めながら、スウさんが
「とてもお似合いです!リボン結びますね!髪もアレンジしてよろしいですか?とてもお似合いになりそうな髪飾りと靴を見つけたのです!」
と白と水色のバラと淡い青のリボンがついた髪飾りと淡い青のリボンで編み上げるようなヒールのサンダルを見せてきた。
「とても綺麗な髪飾りとサンダルです!スウさんは服がお好きなんですね!」
と笑いかけると、スウさんは、それをよしとする返事と思ったようで、首元のリボンを絶妙に結ぶと髪を編み込んで残った髪を左肩に寄せた。右の編み込み始めと思われる部分に髪飾りをつけてくれた気配がする。靴もされるがまま、交互に足の間を通らせて、少し恥ずかしい感覚になったが、あっという間に両方の足に履かせてくれた。
「さあ、いかがですか?」
と鏡の方をむかされると、自分ではないようだった。物語に出てくる…自分で思うのは恥ずかしいがお姫様のようだった…
鏡に移った私の姿を後ろからスウさんが覗き込んでくる。少し顔を諦めながら、
「かわ…んん、とてもお似合いです!私の思ったとおり!会計は済ませております!こんな姿を見ていいのは私だけ…いえ…早く馬車へ向かいましょう。」
と、ヒールで歩かせるのはもどかしいのか抱き上げられて、馬車に乗せられた…。
少女と身なりのいい男は向かい合って座っていた。
シルビアの窓の外を見ながら、くつろいでいる様子を満足げに見てスウは微笑みながら切り出した。
「これからお世話になるお屋敷の主人について、お話ししてもよろしいですか?」
シルビアはこちらに向き直り、目を合わせ、
「はい!聞かせてください!」
と腹を括ったように元気に答える。
スウはそれを見て、安心させるように落ち着いた口調で話し始めた。
「屋敷の主であるシトレイ・ガヤ男爵は、農地にはしにくい荒地を治めていたのですが、数ヶ月前に、この公国の新しい資源になると思われる液体がでてくる場所を掘り当てた領民が名乗りをあげまして、一気に他の領地からも注目されるような領の領主となりました。そこにいち早く目をつけた伯爵がおりまして、名をイブン・ナイトレア伯爵とおっしゃいます。イブン伯爵には、御子息がいらっしゃいまして、その御子息とガヤ男爵の令嬢を婚約させたいという申し出が伯爵様からございました。男爵の娘にはルドリア様とおっしゃるお嬢様がいるのです。そのお方にわたくしは今仕えさせていただいております。ガヤ男爵は、大層およろこびになって、すぐにでもルドリア様を伯爵家に嫁がせようとしたのですが…ルドリア様は、なんというか…その、わたくしのことを気に入っておられるようでして、婚約の件をお聞きしてから、少し精神を、病んでしまわれたのです。それを見て、すぐにでもわたくしとルドリア様を離さなくてはと、ご主人様はわたくしに代わりの執事を探すように頼まれたわけでございます。ここまではご理解頂けましたか?」
シルビアは、頭を悩ませながらもなんとか整理する。
「えーと…私の主人になるガヤ様は、伯爵の息子と自分の娘を婚約させたいけれど、ルドリア様が、嫌がっているといった感じですよね…」
それを聞いて満足げにスウはうなずく。
「では、続けますね。新しい執事のあてはついているのですが、そうするとわたくしが仕える方がいなくなるので、必然的に解雇されるはずなのですが、主人のガヤ様はわたくしをとても気に入っておりまして、屋敷に置いておきたいそうなのです。ですが、わたくしのこだわりとして、執事としてしか働きたくないし、女の主人しか仕えたくないのです…」
ここまで聞いて、ルドリアは考えながら、
「えーと、私は使用人として、働くのですよね?」
スウはそれに即答する。
「いえ、ガヤ様の養子となっていただければと、そうすれば家も保証されますし、金銭面にもなんの心配もございません。」
ルドリアは驚いて、姿勢を崩しながら、
「養子ですか?私が?貴族の養子に?なんの教養もないですし、物の形を変える魔法しか使えませんよ?」
スウはルドリアの横にうつり、少女を支えながら微笑む。
「なんの問題もございません。わたくしがサポートいたしますから。わたくしのご主人として、お屋敷にいらっしゃるだけでいいのです。」
ルドリアは慌てて、
「そういう訳には…」
と続けようとするが、馬車の振動で遮られる。
お屋敷に着いたみたいだ。
「さあ、到着致しましたよ。さっそく、ガヤ様にご紹介いたしましょう。」
と手を差し出される。ここまできては、どうにもできず、されるがまま馬車を降りて歩きだした。
馬車を降りると、そこに広がっていたのは、映画のセットのような立派な家と、壁のようなものが遠くに見えた。すごく広い…。自分が急に小さく感じて不安になる。汗が止まらない…。
それを感じ取ったのか、スウさんが大きな両手でわたしの両手を包んでくれた。心配そうな顔でこちらを除きこみ、
「大丈夫ですか?わたくしがお側についております。何も心配いりませんよ。」
と優しく微笑んでくれた。手元が温かくなって、落ち着いてきた。
「今日から、シルビア様の庭と家になるのです。恐れることはありませんよ。ここは、シルビア様が暮らしていた山の麓ですので、ほら、あちらを見てください!」とスウさんの片手が柔らかく私の頭の上の方に動く。手の方を見ると、所々緑の木々が生えている山の上に、わたしが住んでいた世界に広がっていた雪景色が微かに見えた。お父さんが見守ってくれているようで安心した。
「あんな山の上に住んでいたんですね!初めて遠くから眺めました!遠いけど、近いです!」と努めて元気に伝えた。スウさんはわたしの様子を見てほっとしたような表情をした。
「そろそろ中に入りましょうか。ガヤ男爵がお待ちかねですよ。」
と優しく手を引き、屋敷の扉を開けてくれた。
中へ入ると、すごく天井が高くて、つい上を見上げてしまう。視線を下げると、中央に大きな階段があり、上に向かって左右に広がるように伸びている。踊り場の肖像画が見えた。すごく髭の立派な険しい顔をしたおじさんが描かれていて、ガヤ男爵だろうかとびびってしまう。
わたしの視線を見ていたようで、スウさんが
「あのお方はこのお屋敷を建てられた頃に、この地を治めていたジョバンニ・ガヤ様です。建てられた頃から、ずっとあの場所に飾られているそうですよ。すみません、わたくしはルドリア様に呼ばれているそうですので、少し離れますね」と耳打ちされた。気づくと周りに10人くらい人が立っていた。そのうちの1人がこちらに近づいてきて、
「ルーと申します。ガヤ男爵の元までご案内致します。」と初老のいかにもベテランと思われる男性が頭を下げた。
わたしも慌てて頭を下げる。ルーさんが歩きだしたので、わたしも慌ててついていく。さっき見ていた肖像画に向かって階段を上り、右側に広がる階段の方へ登っていく、ワイン色のカーペットが敷かれた長い廊下を歩くと、上に応接室と書かれた大きなドアが見えた。その前でルーさんは立ち止まりノックをして、
「ルーです。養子の方を連れてまいりました。」
と声をかけた。
「入りなさい。」
と扉の奥から声がすると、ルーさんはその扉を開け、私を奥に促した。私は何か話さなくてはと、テンプレートのような文を口に出す。
「はじめまして、お初にお目にかかります。シルビアと申します。」
と頭を下げる。声が震えてしまったが言い切った。
男爵が、穏やかに
「顔を上げなさい。ようこそ我が屋敷へ。どうぞそこの椅子に座りなさい。」
と促され、緊張しながら、シルビアは言葉のままに椅子に腰掛ける。ふかふかだ…
「スウから聞いているよ。スウがとても気に入っているようだから、会えるのをとても楽しみにしていたんだ。あらかた聞いているとは思うけど、貴方を養子として迎えさせてもらいたい。でも、こんなに可愛いお嬢さんだとは…君に仕えるスウを見たら、ルドリアがさらに発狂してしまうかもしれないな…んー、それについては考えなくてはいけない。ルー、こちらへ来なさい。」
と、扉の近くに控えていたルーさんがこちらへ向かってくる。
「お呼びでしょうか。」
男爵がうなずいて、話し出す。
「ルーにルドリアにつくように頼んでいたね。スウがいない間のルドリアはどんな様子だ?」
ルーさんは、目を伏せながら、申し訳なさそうに答える。
「まだ、スウの名前を繰り返しておりました…よく寝れていらっしゃらないようで、食事も喉を通らないようです…今はスウがついているはずですので、落ち着いておられるとよろしいのですが…」
と答えた。
それを聞いて男爵は顔をしかめながら、
「んんん゛、そんなに心酔しているとは、今の今まで気づかなかったのが悔やまれるな…なにか半日ほど様子を見ていて、打開する案はないだろうか…」
ルーはソファーに座っているこちらを見て、また男爵に視線を戻して、
「ルドリア様が落ち着かれるまでは、シルビア様に男のふりをしていただくのは如何でしょうか?今のままでは、新しく屋敷に来られたシルビア様へ ルドリア様が八つ当たりされる可能性がございますし…」
男爵もそれは妙案とばかりに、
「たしかに…ルドリアにとってシルビアが弟のようになり、弟に仕える執事がスウとなれば、仲良くやっていくことができて、ルドリアも穏やかに執事離れができるかもしらないな…シルビア、どう思う。無理はしなくていいからな。嫌なら嫌で別の案を考えるだけなのだからな。」
とこちらへ視線を向けてくる。
シルビアはそう言われてしまっては新入りの自分は従うしかないだろう
「とてもいい考えだと思います!ルドリアお嬢様のことは、まだお会いしたこともございませんし、よく存じ上げないのですが、仲良くしていきたいと思っております。わたしが男装するだけで、全てがうまくいくのでしたらそうさせていただきます。なんと名乗ったらよろしいですか。」
男爵は考えこんだ。
「せっかくだし、わたしが名付け親となろう!息子が産まれたら付けたかった名前があったのだ!アンジェロはいかがか?」
元の面影もない名前だが、心機一転すると思えば良いかもしれない…住まわせていただく身、覚悟を決めよう。
「はい!とても良い名前です!アンジェロ!よろしくお願いいたします!」
そこで、ノックの音がした。
「遅くなりまして申し訳ございません。スウでございます。」
男爵が、アンジェロの返答を聞いて満足そうな顔をしながら、
「入りなさい。」
扉が開いてスウが入ってきた。
「はぁ、はぁ、遅くなり、申し訳ございません。ご紹介は済んだみたいですね。」
男爵が、
「よいよい、ルドリアの様子はどうだ?」
「落ち着いたようでして、軽食を召し上がられた後、今はベッドで休まれています…。」
それを聞いてほっとしたように男爵は、今までの話を伝える。
「シルビアには、自室を離れる際はアンジェロとして男装してもらうことになった。」
その言葉を聞いて、スウは愕然とした顔をしている。
「男装ですか…そこまでする必要はあるでしょうか…」
「気持ちは分かるが、ルドリアとスウを急に離して、さらにこの可愛らしいお嬢さんとスウが一緒にいる様子を、ルドリアが見たらどうなるかわかったものではないし…最悪、危害を加える可能性もあるだろう?これが一番最善の策だと思う。他に良い案があるのか?」
危害という言葉を聞いては、今のままでは危険だということも重々承知できるし、他に良い案も思い浮かばない…
黙り込んだスウを見て、男爵は納得したととり、シルビアを見て、
「シルビア。今日は、慣れない環境で疲れただろう?部屋は用意してあるから、ゆっくり過ごしなさい。急に知らない人に仕れても、休まないだろう。スウが側にいて案内してやりなさい。ルドリアが目覚めるまではルーがルドリアの側についてなさい。目覚めて、また、スウを求めるようであれば、お互い交代しなさい。私は執務室に戻る。」
と周りの使用人を従えて、部屋を出ていく。
ルーも、こちらに頭を下げて部屋を出て行った。
スウは、まだ動揺しているのか少しぎこちない笑顔をこちらへ向けて、
「さあ、部屋へご案内致しますね。シルビアお嬢様。
私と2人の時は、こう呼ばせてください…」
と縋るような目を向ける。そしてドアを開けた。
シルビアはその目を見るとお嬢様はできればやめてほしいとはとても言えそうになかったので、腹を決めた。
「はい!構いませんよ!でもこんがらがりそうですね!部屋楽しみです!早くいきましょう」と笑いながら部屋を出た。

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