先生がいてくれるなら①【完】


からかいすぎたか。


うん、まぁ、いろいろ美味しかったから、これで許してやろう。



そう言えば立花は、午後からクラス模擬店の店番だって言ってたな。


──少しでも早くそのエロい……じゃなくて露出の高い服を着替えて欲しいのだが、どうしたものか。



確かラスト1時間は福原先生が校内見回りになってたはずだ。


クラスのことを完全に任せてしまったお詫びとして見回りは俺が代わりにやって、福原先生には自由に見て回って貰おう。


俺の数研の店番は立花に代わって貰えば、1時間早く制服に着替えられる。



うん、我ながら名案。



俺は立花に「見回りの仕事が入った」と言って店番を代わる事を了承させた。





残すは後夜祭のみとなった。



校庭に特設されたステージでは、バンド演奏やダンスが繰り広げられている。


──全く興味が無いので、校庭には行かずに昇降口の階段に腰を下ろしてぼんやりとしていた。



そう言えば去年……この学校での初めての文化祭の時に、仕掛け花火のカップルの逸話を小耳に挟んだな。


まぁ、よくある話だ。


あんな子供だましの話に踊らされる俺ではない。



──立花は倉林と見るのか?



「やれやれ……」


俺はため息を一つついて、ゆっくりと腰を上げた。



のろのろと校庭へ足を向けると、もうそろそろ点火の時間らしく大勢の生徒が仕掛け花火に注目している。


この中から目当ての人間を探し出すのは、なかなか難しいだろうな。


校庭をぐるりと見回す。



立花はいつも同じクラスの女子、滝川と一緒にいる。


あの二人なら、こう言うイベントの時はあまり目立たない場所に行きそうだ。


と言うことは、恐らく後ろの端あたりかな、と当たりを付けて、そちらへ足を向けた。



しばらくその辺りを見回すと、──いた。



やはり滝川と二人で楽しそうに話しながら点火を待っている。


その隣に倉林がいない事に、心底安堵した。



カウントダウンが始まる。



みんなが仕掛け花火に注目する中、俺はそっと立花の横に移動し、その時を待つ。


大きな音と共に仕掛け花火が明るく光り、火薬の煙が辺り一面に広がった。


「──綺麗だったな」


そう声を掛けると、驚いた表情でこちらを振り仰いだ。


最も後ろにいたけどあまり人に気付かれたくなくて、立花にだけ聞こえる声で「お前、誰かと一緒にみるんじゃなかったの?」と聞いた。


誰か、とはもちろん、倉林の事でなければ良いのだが……と思って口にした言葉だ。


しかし立花は、隣にいる滝川美夜と相思相愛だから、などと可愛い事を言い出したので俺は思わず緩みそうになる頬をキュッと引き締めて、立花の頭にポンと手を乗せてその場を離れた。




誰が言い出したか分からないうさん臭い逸話も、この瞬間だけは信じていたい、そう思った──。







お前を落とすから




文化祭も無事に終わり、また平和な日常が戻ってきた。


しかし、平和な日常と言うものほど、長続きしない物は無い──。



私は今、悠斗に連れられて、特別教室B棟にある小さな資料室にいる。


この部屋にあるのは、壁際の書庫と、長机が数台、パイプ椅子だけ。


普段は会議室代わりに使ったり、プリントを冊子に纏めたりする作業部屋として使ったりしているらしいが、私は入るのは初めてだった。



「それで……私に話って、なに?」


悠斗は私に何か話があるらしく、放課後に──部活よりこちらを優先して私をここへ連れてきた。



「うん、こんな場所でごめんな? 二人きりで話したかったから」


悠斗は私に椅子に座るよう促すと、椅子を私と向かい合わせになるように動かしてそこへ腰掛けた。


「俺、隠してるつもりは無いから分かってるかも知れないけど……」

「ん? うん、?」


「俺は明莉が好きだ。付き合って欲しい」



──へ?



「……聞こえてる?」

「あ、う、うん、聞こえてる……」

「好きだから、付き合って欲しい」

「え、えっと……」

「──他に好きなヤツでもいんの?」



そう聞かれて、私の頭の中にすぐに藤野先生が浮かぶ。


私はそれを打ち消そうと、ブンブンと頭を横に振った。


それを悠斗は “好きな人はいない” と言う意味だと理解したようだ。



「だったら、俺と付き合って」



突然の悠斗の告白に、私は何て返せば良いのか分からない。


だって、私にとって悠斗は仲の良い男友達だから……。


「なんで、私……? 悠斗の周りには私なんかよりずっと可愛い子とか綺麗な子、いっぱいいるじゃん」

「俺は、お前じゃなきゃ意味無いの。明莉が好きだから」

「……っ、」


「あー、言えて、すっきりしたー!」


何だかいつもよりずっと爽やかな表情をしている悠斗に、私は少しドキッとした。


「ねぇ、悠斗、本気……なの?」

「ん? あったり前だろ。俺、ふざけてるように見えた? ショックだわー」


そう言ってわざとらしく笑う。


きっと、私に気負わせないようにするための気遣いなんだろう。


でも。

悠斗ほどの人気者が私を好きで付き合いたいと思ってくれるような何かが私にあるとは、私にはどうしても思えない。


私が首をひねっていると、悠斗は真剣な表情で私の目を覗き込んだ。


「俺はさ。明莉の良いところ、いっぱい知ってるよ。明莉は自分が平凡な人間だと思ってるんだろうけど、他のやつらよりずっとスゴイと俺は思ってる。自分で気づいてないだけ。ま、そこが明莉の一番良いところなんだけどさぁ」


何のことか分からないけど、悠斗は嬉しそうに笑う。



本当ならこんな風に告白されたら赤面ものなんだろうけど、私には自分に自信がなさ過ぎて、とても本気で言ってくれているように思うことが出来なかった。


それに私は、悠斗の想いに応えることは多分出来ないよ。



だって、私は、先生の事が──。



「あのね、悠斗。私、……ごめん、好きな人がいる」

「……誰? 俺の知ってるヤツ?」

「……」

「こないだの、アイツか? 手繋いでたヤツ」