『ねぇ、シナ。知ってる?
天使はね、人間に恋をすると消えちゃうんだって』
何で今………?
『天界での掟なの。破ってしまったら、羽をもがれて、人魚姫みたいに消えちゃうの』
何で………。
何で今、いつかの帰り道にあいつが言っていた、こんな話を思い出すのだろう。
ハッと我に帰った時、俺は家の玄関の前にいた。
なぜ、俺は外にいるのか?
今日、どこかに行ったのか?
その答えはわからないけど、服から潮の香りがした。
そのにおいにどうしてか、胸が締め付けられる。
「ただいま」
胸の痛みもわからぬまま、家に入れば母さんが不思議そうな顔をしていた。
「早かったね。夕ご飯食べてくるのかと思った」
「え?」
「誰かと出かけてくるって言ってたじゃない」
………………何も覚えてない。
昼間の記憶が、何もない。
思い出そうとすると胸が締め付けられて、どうしようもなく泣きたくなる。
「あ、そうだ。陸くん呼んできて。史波は帰ってこないと思ってたけど、多めに作ってたからご飯にしましょ」
「あ、あぁ……」
「ケーキも5つ買ってきたの!」
「……………何で5つ?」
父さん、母さん、俺、陸。
4つで足りるはずなのに。
「………あれ。何でだっけ?でも、いちごショートケーキは二人が好きだから……」
「陸はチョコケーキだよ」
「陸くんの分はチョコ買ってきたわよ」
「じゃあ、二人って……?」
何かが引っかかってモヤモヤする。
その何かの正体が、一向にわからないのに。
「私、ボケちゃったのかしら。………まぁ、史波が二つ食べれば問題ないし、いっか」
まぁ、いっか、で済ませていいのだろうか?
この違和感を。
何か大切なことを忘れてしまっているんじゃないか?