「起立、礼ー」

授業が終わるチャイムが鳴り、日直の掛け声でみんな席を立ちバラバラと教室を出て行った。

先生が教室を出たのを確認した後、平然としている天野君に初めて話しかけた。


「ちょっと!あなたどういうつもり!?」

天野君は口笛を吹きながら教科書を片付けている。


「さー?何のことかなー?」

おどけている彼に眉間の皺が深くなる。


「あなたのせいで注意されたんだけど!」

「えー?俺なんかしたかなー?」

「あ、ちょっと!」


天野君はクスクス笑いながら教室を出て廊下を歩いていく。

その後ろ姿を追いかけようと廊下に出ると他のクラスの生徒達が行き交っていて、その間を彼はまるで蝶のようにひらひらとすり抜けて行く。


必死に追いかけて人混みを抜けると誰もいない階段の踊り場で壁にもたれながら笑っている天野君がいた。


「…ねぇ、どうして私に構うの?」

あんなに拒否しているのに天野君は変わらず私に接してくる。
その理由が全くわからない。


「んー、なんでだろ?なんか、勿体ねぇなって思って」

「勿体ない?」

その言葉をおうむ返しすると、天野君は両手を後ろに組み後頭部を支える。


「高校生活ってもう2年も無いだろ?今しか楽しめないことがたくさんある。そんなに壁作らなくてもみんないい奴だし、もっと前向きに今のこの瞬間を楽しめばいいのにって」

だから勿体ないってこと。そう言って屈託のない笑顔を向けられ、どきっとした。


「…あなたには楽しい場所かもしれないけど、私にとっては違う。みんなとじゃなくていい。一人でいい、一人が慣れてる」

ぎゅっと握った拳に爪が食い込んで痛い。


「…独りは寂しい。そんなこと慣れてんじゃねぇよ」

優しく微笑む彼にカッと頭に血が上った。


「あなたに何が分かるの!?みんなに好かれてる様な人に、私の気持ちなんて分からないでしょ!?勝手な事言わないで!」


踊り場に私の声が響く。

溢れそうな涙を堪えて踵を返し、引き止める天野君の声を無視してそのまま走って教室に戻り自分の席の横にかかっている鞄を引っ掴んで教室を出た。


正門を出て走る速度を緩めながら息を整えていく。

本当は自分が一番よく分かってる。
独りは寂しい。


だけど…ー


嫌な記憶が頭に流れ込んでくる。

遮る様にこめかみ部分の髪をくしゃりと握った。