「私の家、親が教育熱心で小さい頃から習い事をたくさんしていて、その分お友達と遊ぶ機会も無くて…。」


川瀬さんが紡ぐ言葉に黙って耳を傾けた。


「クラスの子達とは当たり障りの無い浅い関係でそんな距離間のせいでいつもみんな私に気を遣っているようだった。"川瀬さんは忙しいよね""やっぱり私達とは違うよね"って言われる度、胸が苦しくて。私もみんなと同じ普通の女の子なのにって」


強くスカートを握りしめる彼女を見て、彼女も私同様人知れず悩んでいたのだと知った。



「そして中学生の頃、眠れない夜にキッチンで温かい飲み物を作っていた時たまたまつけたテレビで初めてアニメを観て…可愛いふわふわキラキラの女の子が勇敢に敵と戦っているのを目の当たりにして衝撃を受けたの。ただ淡々と1日1日を過ごしていた自分に、画面の向こうの彼女はすごく輝いて見えた。普通の女の子として恋をして、特別な力を授かった運命に立ち向かい次々と悪を倒す。そんな姿に胸が震えた夜を今でも覚えてる」


そう話す横顔が柔らかくなるのを見て本当に好きなんだな、と私も胸を温かくした。


「それから、私もそんな風になりたいって思って…。ある日、唯一一人仲の良かった子に話したことがあるの。そしたら…"え、百合ってそういう趣味だったの?ちょっと引く"って言われちゃって…。話はたちまち周りに広がり、私を見る度みんなコソコソと何かを言っていて怖くてそれ以上誰とも深く関われなかった」

「そう…だったんだ」


ありのままの自分を受け入れてもらえない。それ程苦しい事が無いのは身に染みて良く分かる。

人にどう思われているのか、もしかして影で何か言われているんじゃないかってそんな風に思う自分もきっと苦しかったはず。


「もうあんな思いはしたくない。だから高校では、みんなが思う"川瀬百合"のイメージを壊さないように、本当の自分を隠してクラスの子とも適度な距離を保って私は"私"を演じてきた。たまにそれがみんなを騙してるみたいで苦しくなる時もあるけどね…」


悲しそうに笑う彼女に、きゅっと胸が締め付けられた。


「昨日、林さんは誰にも言わないって言ってくれてたけど、理由も話さず黙っていてってお願いするのもズルい気がして…。ごめんね、驚かせて」


「そんな事ない!誰にだって知られたくないことだってあるよ。それをみんなに理解してもらう必要は無いし、知られたくないことを黙っていることが騙していることにはならない。自分を守ってあげられる術を使っただけだから、そんなに自分を責めないであげて…!」


何度も謝る川瀬さんに勢いよく話した後、自分の暑苦しさに恥ずかしくなり「…と、私は思うのです…」と顔を赤くさせながら川瀬さんに向けていた視線を自分の足元に移した。


「…ふふっ、ありがと。林さんて話してみると面白いね」


まるで一輪の花が咲いたように照れて笑う川瀬さんがとても綺麗だと思った。


「そろそろ教室に行こっか」


「あ、私、ちょっと寄る所があって…」


立ち上がった川瀬さんにそう言うと「じゃあ先に行ってるね、聞いてくれてありがとう」と笑顔で話す彼女が階段を駆け上がっていくのを見送った。