川瀬さん…なんだかすごく辛そうだった…。


「なーんか、訳ありっぽいな」

「!!!」


川瀬さんの走っていく後ろ姿を見送っているとすぐ側で声がし、振り返ると後頭部の髪の毛が当たるほど近くにいた晴人が同じ様に川瀬さんの走っていく方向を見ていた。

「は、晴人!帰ったんじゃなかったの?」

「一緒に帰るって言ったろ?おいてくわけねぇじゃん。反対側の階段から上がってきた」


そう言いながら晴人は自分の背の後ろにある階段を指差す。


「で、川瀬はなんだって?」


話しながら晴人は教室に入って行き、私もその後ろを付いていく。


「"誰にも言わないで"って…。仲の良い友達にも言ってないのかな?」

「んー、誰とでも仲良いけど、そういや特別一緒にいる奴って見たことねぇな」

「…そっか。とにかく!晴人も誰にも言っちゃダメだよ!」

「え?」


ポケットに両手を突っ込み自分の机の上に腰掛ける晴人は私の言葉にそう聞き返した。


「何か彼女なりに事情があるかもしれないじゃない。他人に踏み込まれたくない事だって人それぞれあるでしょ?だから、絶対誰にも言っちゃダメだよ!」


「…茉莉花って川瀬とそんな仲良かったっけ?」

晴人の言葉に緩く目尻が下がっていくのを感じる。



「"仲が良い"って程の関係ではないかもしれないけど…。それでも、あんなに必死な川瀬さんを傷つけたくないよ…。私からもお願い。晴人も誰にも言わないで…」


私の言葉を最後まで聞くと晴人は机から体を離しゆっくりと私の方へ向かってくる。

晴人の右手が私の顔の近くまで上がり、反射的に目を閉じると頭の上に温かさが広がった。


「試す様なことしてごめん。心配すんな、誰にも言わないよ」


優しく目尻を下げて笑う晴人は私の頭を数回撫でると最後にポンポンっと優しく叩いた。


「……っ」


なんだろう、この気持ち。
温かくて、優しくて、ずっとその笑顔を側で見ていたいって。そう思うこの気持ちは…ーー。


そうだ。

"好き"だ。私は、晴人が…ーー。


何の前触れも無く気付いてしまったこの気持ちに心臓が大きく波打ったのを感じた。


そっと寄り添ってくれる、欲しい言葉を躊躇無く言ってくれる、決して否定せず受け入れてくれる、そんな晴人が…。


私は好きなんだ。


「茉莉花ー、何してんだ?おいてくぞー」

いつのまにか教室のドアに向かっていた晴人が私に声をかける。


「ま、待って!」

私は急いで鞄を持って晴人の元へ向かった。


いつか、私が今より自分を好きになれたら、もっと自分に自信が持てたら…

その時は、この気持ちを伝えてもいいかな?

まだ予想できない未来に少しの期待を添えて…私は晴人の隣を並んで歩いた。