「で、隣のクラスの奴が先生に見つかって部室に逃げ込んで…」


教室までの道のりでたわいもない話をする晴人の横顔を見つからない様に見つめる。
いつのまにかこんな些細な時間が続けばいいと思うようになった。


「…って、聞いてっか?茉莉花」

突然晴人がこちらを向いて顔を近づけて来たため反射的に顔をそらす。


「き、聞いてるよ!ほら、もう教室に着いたから!」


逃げる様に教室に入ろうとドアに手をかけた時、中に人影が見えた。


「あれ?誰か残って…」

そこまで言うと私はドアに備え付けられている小さなガラス窓から見えた光景に言葉を失ってしまった。


「?茉莉花何して…」


不思議に思った晴人が私より顔一つ分大きな身長で私の目線の先を追うと同じ様に言葉を途切れさせた。

それもそのはず。

中には一人の女の子が箒を片手にまるでどこかのアイドルのように歌って踊っていたのだ。

その女の子は川瀬百合。
あの優等生の彼女だった。


「あ、あれって…」


最初に沈黙を破ったのは晴人だった。
私はハッと意識を戻し真後ろにいる晴人の方へ向き直った。


「あれ、深夜アニメの主題歌だよ」

「深夜…アニメ??」

「ほら、今流行ってんじゃん。ヒラヒラの服着た魔法少女が悪と戦うってやつ。知らね?」


何も言わず何とも言えない複雑な表情で晴人を見つめた。


「しかし完璧な振り付けだなー。アニメのキャラクターみたい」

感心する晴人を見て、また教室にいる川瀬さんに目を向けた。


「あんまり見ない方がいいよね…」

その時、僅かに体を支えていた手がバランスを崩してドアに当たってしまった。


「…誰!?」

音を立ててしまったことにより、中にいる川瀬さんに私たちの存在がバレてしまった。

私と晴人は目を合わせ口を一文字に結んだ。


「…よし、後は任せた!」

「え、ちょっと!」

晴人は私の肩に一度手を置くとそのまま音を立てずにその場からいなくなってしまった。


晴人の颯爽とした後ろ姿を見ていた私の後ろで教室のドアが開く音が聞こえる。


「林…さん…?」


名前を呼ばれ、ゆっくりと声のする方を向きながら小さな声ではい…と答えた。

見上げた時に見た川瀬さんはこれでもかと言うくらい顔を赤くし、両目を潤ませながら口元を両手で押さえていた。


「あ、えっと、鞄を取りに…」

「お願い!!誰にも言わないで!!」


何事も無かったかのように話そうとすると勢いよく川瀬さんが大きな声を出して言った。


「あ、うん。わかった…」


普段の川瀬さんからは想像がつかない程の叫ぶような大きな声に圧倒され、私はそれ以上何も言えず川瀬さんを見つめるしか出来なかった。


「…ごめんね、じゃあまた明日…」


そう言うと川瀬さんは鞄を持って教室を出て行ってしまった。